『そばに関するおもしろ話」

ちょっと待ってね。
10月の話『職人衆』
江戸時代の職人の人口は結構多く、職種も様々だった。大工、左官は言うに及ばずキセル、箪笥、簪、畳など様々な分野で活躍していた。この人達の食事を支えていたのが「そば」である。その頃の職人の手間賃は銀三匁三分他に食事代一匁三分二厘ついたそうだ。元禄の頃江戸には男三人に対して女一人の比率であったようで必然的に男やもめが多く食事など手を抜かざるをえない。そこで「そば」の登場であります。一杯十六文のそばなら安直な食事として職人達に大いにもてはやされたのです。
9月の話『のぞき』
エッチな行為ではありません(笑)。そばを食べる時に使うそば猪口のことです。上からのぞくようにして中身を見ます。それで別名としてこう呼んだそうです。そばを食べる時だけではなくて、猪口状の深めの食器なども指します。中には「ぬた」「和え物」「オヒタシ」などを入れます。いや〜しかし「のぞき」とは呼び方が悪い。(笑)
8月の話『そばとスイカ』
昔のお話。食い合わせとゆう事を昔の人はよく言ってきたが、そばとスイカを同時に食べると胃が張って苦しむと言う話を読んだことがある。すぐに吐き出せばいいけど、時間がたつと死に至ることもある「本草綱目」。真偽の程は良く分からないが、季節柄セイロを食べて、スイカを食べるってこともありえます。これは、相性の問題で悪いと言われている組み合わせで、良いのはそばと大根である。そんな事を知らずに僕は食べた事があるけど、同時ではなく、スイカはしばらく時間が経って食べたからか何ともなかった。まあ、あまり気にするとかえって良くないような気がする。皆さんはどう思われますか?
七月の話『出前のバイク』
最近見かけないのだが、バイクの後ろに、そばとか、うどんを入れる「箱」をぶら下げたのがあるよね?今はどうしているんだろう?正式名称は「出前品運搬機」と呼ぶ。それ以前は自転車で片手運転で運んでいたが事故が絶えず、安全に運ぶために考案されたそうだ。カーブを曲がっても、でこぼこ道でも丼がひっくり返らないようにうまく考えている。この出前機が実用化されたのは昭和30年。それから改良を続け今にいたっている。ピザなどはつゆが無いからミニバイクでもいいが、つゆ物はこぼれるからね。
六月の話『まごつき』
雑役をする人のこと。蕎麦屋の古い時代の人たちの間で使われた言葉。
新参の使い走りや、雑用をする雇人の異名。新米さん。ずいぶん失礼な呼び方だが、板前さんの世界で「アヒル」「追いまわし」の呼称と同じである。
始めは誰でもドタバタまごつくが、だんだん慣れてくる。
そうして、仕事を柔軟にこなしていけるようになる。まさしく私達の事です。
でも、心は「まごつき」のまま。いつまでも新鮮に持ちつづけたいですね。
1月の話 『そば湯 その1』
そば屋では、セイロを頼むと必ず「そば湯」が出てくる。
そばが栄養バランスの優れた食品である事は、周知の通りだが、そば湯にはその栄養成分が沢山溶け込んでいる。現代の栄養学を知らなかった昔の時代でも、そばを食べた後で「そば湯」を飲むことを薦めたのは、そば湯が栄養分に富んでいた事を経験的に知っていたからだろう。
十二月の話 『ソ−キそば』
沖縄に行った時、タクシーの運転手に聞いて行った店で食べた事がある。そばと言っても「蕎麦」ではなく、中華麺のような物だった。調べてみると、昔はガジュマルの木を燃やした灰を水に溶かし、その上澄みで打っていたそうだ。現在ではかん水と塩を使うそうだから中華麺と同じような製法である。出汁は豚肉と昆布、鰹節からとるそうです。具には骨付きのあばら肉が乗っていて骨まで食べられるように調理してあり、なかなか美味しい物だった。
沖縄では普通のそばを「うちなあすば」と言うそうだ。また食べたいな。
十一月の話 『鰹節』
「かつおぶし」と読み、短くすれば「かつぶし」とも言う。本節や亀節などがある。生の鰹を四つに切り割ったものが本節であり二つに切り割ったものが亀節である。これを蒸しあげてカビをつけて半年近くかけて乾燥させると叩くとカチカチと音がするほど堅くなり、生ぐさみの無い、旨みのある出汁の材料となる。そば屋は言うに及ばず日本料理屋でも昆布と合わせて基本の材料の一つです。
十月の話 『そばの貯蔵』
ずーと昔、まだ冷蔵庫のない時代、玄そばの貯蔵は俵に詰め込み、冷暗所に蓄えていた。うまく保存できれば3〜5年は使用にたえる事ができると物の本には記されている。そばは生き物であるから、摂氏10度、湿度50%以上で活動をはじめる。現代では相当に高度な管理が行われていて相当長期にわたって保存が出来るようになっている。新そば(秋新と言い秋に採れるそばを言う)が採れると製粉会社は来年の季節まで苦心して保管するのである。そばを生産する農家の方々や、製粉会社、運送会社など沢山の人達のお陰で私達はそばを楽しむ事が出来るのです。心して打たねば。
九月の話 『そばの故郷』
そばの原産地について、最初にバイカル湖付近と言われていたが、その後、黒龍江(アムール河)上流地域が言われ、最近の有力説では、中国雲南省、さらに、ネパール、ブータンとも言われている。どちらにしても、アジアの原産であり、日本にも、ドイツ、フランスなどにもこの辺りから渡って行ったのだろう。最近の気候変動は激しいものであり、耕作物に大きな影響が出て、そばなどが育たないようになるって事にならないようにと思っています。
八月の話 『藪入そば』
薮入りとは都会に出て働いている奉公人が、草深い故郷の田舎に帰るの意味である。正月と盆の十六日がそうであり、昔風に言えば、奉公人の一日一晩の宿下がり。実家では何かと気を使って働きに出ている倅や娘を慰労したいが手元が不如意である。当時の暮らしはつつましいものであり、「天ぷら蕎麦」が極上のものであり、薮入りの若者にとってはこれこそが、実に待望のご馳走であったそうだ。
今でも「帰省」で盆、暮には民族大移動といって、東西南北、遠く懐かしい故郷に帰り、ゆったりとした気分で過ごせるのは、「天ぷら蕎麦」を食べなくても良いもんですね。
七月の話 『カレーそば』
そば、うどん共に、カレー粉を使った煮汁で仕上げ、ネギをあしらう。
メニューとしてはゲテモノの部に入るそうだし、「一流の店」では出していないそうだ。まあ当店は「一流」ではないから安心して出せる。(笑)
大正時代初期に商売繁盛策として始まったものらしいが、そば屋業界にも洋風化の波が押し寄せてきたのだろう。
ゲテモノでも何でも美味いものは食いたいよね。
六月の話 『嘉祥そば』(かじょうそば)
陰暦六月十六日に疾病除けのまじないとして食べるそば。もとは神に十六個の餅又は菓子を供える慣わしがあり、平安朝の頃から始まったものが、民衆の中に入ってきたものらしい。江戸時代にはこの日将軍から「目見え」以上の者に、一個づつ菓子を賜るのが例で、「かじょう」を「かぞう」とも称えた。要するにこのころは、陽気のよくない季節なので、無病息災を祈る心から発したもののようです。
五月の話 『割子そば』(わりごそば)
山陰出雲地方のそばの別称であり、この地方ではどのそば屋さんでも食べられるポピュラーなメニューです。山を越えて広島方面に来ると、割子そばを食べさせる店は多くはないですね。セイロそば、汁そばが中心のお店が多いようです。 割子は三段重ねのそばに薬味とつゆ徳利というスタイルが一般的であり、徳利のつゆを適量かけ回し、混ぜて食べる。割子に残ったつゆは次の割子にかけて食べ、最後の割子にそば湯を入れて飲む。これが普通の割子そばの食べ方です。
四月の話 『茶そば』
更科の変わり切りの一つである。抹茶の粉を練りこんで打つ。
鮮やかな緑色で、見た目も鮮やかであり、口に入れるとほのかに抹茶の味と香りがする。いきに、ツルツルと手繰って頂きたいそばである。
三月の話 『柚子切りそば』
更科の変わり切りの一つで、柚子の皮をすりおろして練りこんで打つ。
薄黄色になり、爽やかな柚子の香りがしてのど越しも爽やかである。
2月の話 『海苔』
江戸時代からあるメニューで「花巻」というそばがある。今では提供しているお店が少ないのでご存知ない方も多いようだ。その昔は「浅草海苔」と言って江戸前の海で採ったものを使っていたけれど、現在では埋め立てや水質の悪化で九州の有明海産を中心に食べられている。最近では韓国産の海苔も入ってきているようです。海苔は熱を加えると香りがたってきてより旨みを感じる事ができる。熱いそばの上に焼き海苔をのせると海苔のいい香りがして好きな人にはたまらないものです。当店では毎年二月の月メニューとして出しています。梅干しをのせています。ちょっぴりですが酸味と共に味わって下さい。
1月の話 『そば食い』
そばを食べる作法について。
「我輩は猫である」夏目漱石著、によると、この長いやつにつゆを三分の一つけて、一口に飲んでしまうんだね。忽ち脱兎の勢いを以って、口を箸の方へ持って行ったなと思う間もなく、つるつるちゅうと音がして、のど笛が一二度上下へ無理に動いたら、箸の先のそばは消えて無くなっていた。見ると迷亭君の両眼から涙のようなものが一二滴目尻から頬へ流れ出した。ワサビが利いたものか、飲み込むのに骨が折れたものか、これは未だ判明しない。
と書かれている。あまり噛まずに飲み込むのは、消化にも良くないだろうし、だと言って咀嚼しすぎても、のど越しを感じられない。そばの種類によっても違ってくるし、細さにもよるし。まあ、個人の好みで、傍の目を気にせずにお好きなように食べて下さい、と言うしかない。
12月の話 『面水』
つらみずと読む。そばを茹で上げたらすぐに冷水に放ちよく洗う。この時の水をつらみずと言い、冷たい水でそばを洗い締める。これによってそばの伸びが止まり本来のこしが出る。このことを「面水を打つ」と言う。これによってそばがピンとする。この動きは迅速を要します。
俗に「面を洗って眼をさまし」という言葉があるが、この面水によってそばに活が入れられそばの腰がたつ。なまぬるい水だとゆるんだそばになる。
11月の話 『そばがのびる?』
麺類全体に言われる事だが、のびるから早く食べてね、とか、よく言われます。では、そばの、のびた状態とはどんな状態を言うのか?そばを湯がいて水洗いをして冷水で締めて、水を切って盛り付ける。お客様のテーブルに運び、つゆに薬味を入れてそばをたぐる。この状態が一番美味しく食べられる時ですね。これ以降はどんどんそばがのびてくる訳です。次第にシャキッとした勢いが無くなり、ぐにゃぐにゃになってくっついたりしてきます。歯切れの悪い、そば独特のこしの立つ食感は無くなります。そばに含まれているたんぱく質は大変水に溶け易い性質があり。水に溶けると粘りを生じる。生粉打ちとはこのたんぱく質の性格を利用した打ち方です。そば粉のたんぱく質は小麦粉のように「グルテン」のような網目構造が出来なく、その為いったん湯がかれたそばは麺の中心と表面の水分差が無くなっていき全体が軟らかくなってくる。この場合、そばのたんぱく質に水溶性が多く、グルテンの無い事がうどんよりのび易い決定的な要因です。さらに熱いそばでは、つゆに浸かっている間も湯がいているようなものだから、セイロより早くのびてしまう。二八のように小麦粉が二割入っていても「生粉そば」とは食感が変わってくるのは上記の理由からですね。この事を知らないで「生粉」のかけそばを食べて、ここのそばはこしが無いと言われるのはつらい(苦笑)。反対に冷たく締めた「セイロ」を食べてうーん堅い、湯がきが足らんと言われるのもつらい(笑)。
そばとはそう言うものなんですよ、と言うしかない。
十月の話 『新そば』
もともと、そばの収穫の時期に合わせて呼ばれたもので、そばの品種のことではない。そばには大きく分けて「夏そば」と「秋そば」と分けられているそうだが、収穫量は「秋そば」が圧倒的に多く、これを来年の新そばの時期まで保存しながら食べていくわけである。また、採れる時期は地域によって異なるので、早い所では9月、遅い所では11月の中旬と違いがあります。
以前お店での話。お客さん今週から「新そば」ですよ。、、それじゃあその「新そば」を食べさせてくれ。、、、メニューじゃないって、ほんと。
九月の話 『あんかけ』
そば、うどん共に、たね物に「くずだまり」をかけたもの。水溶きした片栗粉を汁に流し込み温めてトロリとさせた「くずだまり」をこの場合、餡と言う。
江戸時代「あんぺい」といったのはこのあんかけの事である。関西では「のっぺい」と言った。元来はうどんが本筋だが、そばにも合う。
八月の話 『出前』
時々問い合わせがあるのだが、「そばの出前」が出来ないか?
すぐ近くだからいいだろう。っと思われているに違いない。
だけど、当店ではお断りしている。他所ではしてくれるのに、何故だ?って思われている事でしょう。そばの麺はうどん等に較べると麺が細く、一度湯がくとそこからは伸びるのが恐ろしく早い。まして「生粉そば」など細打ちのそばは冷水で締めてものびるのが早い。生粉のかけそばなど、食べ始めと終いでは食感が違ってくる。手打ちのそば屋では、コンビニで出しているような製造後数時間たっても大丈夫です。って言うそばは打っていないのであります。
出前を断られても、お気を悪くされずに、お店で召し上がって頂きたいと思うのであります。
7月の話 『花番』
物事の始めのことを「はな」と言います。「はな」っからそう言えば分かるのにっとか使います。そば屋の「花番」とは、店の最先端、すなわちお客様と接する注文ききの役目をする人のことです。大体女性が多い。この人の出来具合でそのお店の出来具合が分かると思われている。
花番の役目としては、お店の特徴とか、メニューの特徴とか、的確にお客様に伝えなければいけない。しかし、中々難しい問題です。どこの店でもアルバイトさんにお願いしていて、店の本質を伝える事など大変に難しい。そこで、マニュアルが登場してくるわけです。これもはっきり言ってむなしい。
「花番」がしっかりしているお店では、お客様も安心して注文する事が出来ます。さて、当店ではどうなのかな?私は、当然ですが自信を持っています。
六月の話 『たぬき』
先月は「ぬき」の話だったので、今月は「たぬき」の話。少し安易かな?
皆さんは「たぬきそば」「たぬきうどん」の語源をご存知ですか?江戸時代に登場した頃、狸の肉が入っていたから?なんて、そんな話は聞いた事ありませんって。でも、あったりして(笑)。
たぬきとは、「種ぬき」の意味です。揚げ玉が上に乗った「揚げ玉かけそば」が真実の正体です。これも、かけそばの一種として結構いけるんです。そば屋の厨房内の昼飯にぴったり。最近は、かけそばに何も乗せていない、つゆとそばだけの「かけそば」もあるので「たぬき」も頑張らないと消えていくかも、ってメニューです。
五月の話 『ぬき』
皆さんは「鴨ぬき」とか「天ぬき」とかいう言葉を聞いた事がありますか?昔からそば屋で酒を飲む人が結構たくさんいらっしゃいますが、飲み屋ではないので、たくさんつまみは置いていない。それでもつまみが欲しい。という事で出来たつまみが「鴨ぬき」「天ぬき」などのぬき物です。
言葉の感じから受ける印象は鴨そばから鴨を抜いたもの、っていう語感だが、実はそばを抜いたものです。そうです、かも汁のことです。これをつまみに酒を飲む。「鴨吸い」とかの言い方もします。最近ではぬき物を頼む人もほとんどいなくて、「天ぬき」を頼んだらビールの「せんぬき」が出てきたっていう笑い話のような実話があるくらいです。店ではこの7年間に2回注文がありました。もちろんアルバイトさんに分かるわけが無くて大いに慌てていました。
「鴨ぬき」を注文したら鴨をぬいて汁そばが出てきたら面白いね(笑)。
四月の話 『そばがき』
そばを食べるのに一番簡便な方法であり、それでいて、そばの風味を楽しめる食べ方です。所によって呼び名も違い「そばかいもち」とか「そばねりくり」とか色々あるようです。作り方は「みずこね」と「ゆこね」とあります。当店ではゆこねで作っています。薬味は「わさび」が良くつゆは「辛つゆ」又は「しょうゆ」が良いでしょう。いいそば粉が手に入った時など皆さんも作ってみてはいががでしょか?
三月の話 『更科そば』
随分前の事だが、更科そばについて書いている。
今回それに付け加えたい。
「更科そば」とは、そばの実の中心から取れる、白いそば粉で打った麺の事です。製粉が手間な為、自家製粉しているお店でも更科粉は製粉会社から取り寄せしているのがほとんどだと思います。さて、このそば粉はそばらしい色や香りがほとんど無く、高純度な澱粉質でほとんどたんぱく質を含まない。だから、生粉そばのように水だけではほとんど繋がらず「湯捏ね」と言う方法で打たなければむつかしいと思います。100%更科粉だけで打つ事も出来るけど、食べてみると思ったほど食感が良くなかった。それで当店ではつなぎに小麦粉を2割入れて打っています。この方が食感がかなり良いと思っています。さて、このそばの特徴を書いておきます。
@粉の手触りがきりきりしている。
A足(ねばり)が無い。
B製麺時の加水量が一番多い。
C茹で時間が短い。
Dそばにすると、口当たりが爽やかで、歯にもろい。
E食べた後胃にもたれない。
以上列記したが、皆さんが更科そばを食べた時どう感じられますかね?
当店では二年前までは毎日打っていたけれど、田舎の生粉そばを始めた時から打つのを止めていました。昨年から更科は無いのか?と聞かれる事も多く、今月からいつも打つことにしました。あまり沢山は打てないので、売り切れの時はご容赦いただきたいと思っています。
二月の話 『うどん』
うどんは奈良朝以来の「そうめん」の技法から生まれたものという。
おおよそ室町中期からのものといわれている。
「きりむぎ」と呼ばれ「切麦」「切麺」とも書き「うんどん」とも呼ばれていた。小麦粉を塩水でこねあげ、伸ばして、たたんで切る。切幅によって「伊勢うどん」などの極太から扁平な「きし麺」まで色んな種類がある。昨今人気の「讃岐うどん」等は太打ちであり、湯がくのに時間がかかる。大方のうどん屋さんでは、既に湯がいて一人前の玉にした物を仕入れて、これを再度湯がいて丼に入れて出す。腰が無いようなうどんであるが、さっさと食べたい向きには重宝かもしれない。しかし「うどん好き」を称する人なら、注文してから湯がいてくれるようなお店を探しておけばしっかりした「こしのあるうどん」を楽しめるでしょう。
一月の話 『正月』
正しい月と書いて「正月」。では悪い月「悪月」はあるのか?
とか年の初めから馬鹿なことを書いていても仕方がないのだが、無知にして無教養な私にすれば、早速「広辞苑」の登場となる。によれば@一年の一番目の月、睦月とある。A喜ばしく楽しい場合(例)目の正月など、とある。正しい月とか、反語として「悪い月」とか書いていない。あたりまえだ。
そば界では「正月そば」と言う言葉が記されている。元旦、二日、十五日に清めの食べ物としてそばを食べる。年越そばと同じ様に、無病息災を願うものだ。
昨今は食生活の多様化が進み、古来からの風習が途切れていくのはいかがなものか?っと思う反面、「衣 食 住」のうち「食」だけ変わらないと言うのも難しい事である。米を中心とした日本人の食が常時昔通りとはいかないまでも、季節の食材が手に入った時とか、喜び事などがあった時には料理本を引っ張り出して食卓を華やいだものにする事も大事ではないか。
温故知新だわ。などと三日酔い頭で愚考するものであります。なにはともあれ、今年も宜しくお願い申し上げます。
十二月の話 『あつもり』
普段食べているそばは、冷たい「セイロ」「もり」「ザル」と言われている。
店のメニューには載せていないが、以前注文があって作った事がある。
湯がいて熱いままのそばを湯を切ってざるに盛り付ける。もちろんつゆも熱くして出す。これからの寒い季節にはセイロはどうもね、、っという人にはお勧めかもしれない。ただ、熱いので伸びるのが早い。その上、引っ付きやすいので細打ちの生粉そばや二八そばなどは向かない。太打ちの田舎二八そばがいい。昔は、冬になるとメニューに載せる店も東京にはあったそうだ。見かけたら食べてみるのも一興ですよ。
十一月の話 『釜揚げそば』
出雲地方に古くから伝えられてきたそばで、熱いそば湯に湯がきたてのそばが丼に入れられて、醤油もしくは濃いめのつゆを添えられて出てくる。醤油を丼に入れ好みの味付けにしていただくのが普通の食べ方のようだ。そばその物を味わうにはとても良い食べ方であり、寒い季節には身体も温まり、そば湯も同時に味わえて中々「おつ」なもんです。出雲地方では「かけ」と言えば「釜揚げそば」が出てくると聞いたこともあります。
とうてつ庵では、「つけつゆ」を熱くして徳利に入れて、そば猪口を付けて出します。そばをつゆに付けて食べて下さい。薬味は紅葉おろしと白ねぎ。
生粉そばを釜揚げで食べると、そばがのびるのが分かります。食べ始めと終わりでは食感が違います。寒い北風が吹く季節、この一杯で身体も心も温かくなるほっとする一品になればと思っています。
十月の話 『そば切り包丁と、うどん切り包丁』
そば切り包丁としてよく知られているのは、江戸打ちで使う包丁の形が多く、刃物屋さんで多く見られるものは、ほとんどこれである。違う形の物も有るけれど余り普及していない。また、福島県南会津地方で見られる「裁ちそば」などでは今でも普通の菜切り包丁を使っている。(たちそば)
そばきり包丁は、片刃で、重さは約一キロ前後のものが使いやすいようで以前の物より軽くなっているそうだ。長さも刃渡り30cm〜33センチ位が切りやすい。
これに対して、うどん切り包丁は以前から決まった形のものが無いようだ。
そば切り包丁を流用してうどんを切っている。
そばより遥か昔よりうどんを打って来たのに、何故かうどん切り包丁専用と言うものを見ない。
そばのように細く切る必要が無いせいだろうか?まだ見たことは無いのだが、そばきり包丁と同じ形だが、両刃になっている「うどん切り包丁」と言う物があるそうだ。何故両刃なのか?
また、そば切りに使う「駒板」も、うどん切りでは使わないという。色々有るんですね。あなたの好きな「そば」「うどん」屋さんはどんな包丁を使っているのかな?
九月の話 『八方汁』(はっぽうじる)
蕎麦屋の基本的なものとして重宝がられている。この元汁は辛汁に属するもので濃淡加減する事によって、多角的に各種の用途にあてられるのでこの名がある。「もり」「かけ」「種物」「天丼」「鍋物」相手次第でどうにでもなる。
元汁の調合は各店において、お家流があることは言うまでも無い。
八月の話 『本草綱目』(ほんぞうこうもく)
食物の話によく引用される名著である。
中国 明の時代に、李時珍が30年がかりで編纂した薬学書で、本草とは薬物又は植物学という意味である。1892種の薬用植物を解説したものであり日本には平安朝時代に伝来し、江戸時代において殊更に関心を深めた。
七月の話 『こね鉢』
そば打ちは、一こね、二伸し、三包丁と言う。速成でやっても、こね一年、伸し二年、包丁三年の意味である。それどころではない、そば切り一生というほど難しいものとされている。こね鉢は木製の物が多く、陶器の物もある。
一こね、二伸し、三包丁の語は、修行年数の最短の段階を示している。
ちなみに僕はステンレスのボウルをこね鉢に使っているが、色んな点で重宝しています。
六月の話 『わんこそば』
岩手県花巻、盛岡を中心とする古くから伝承の郷土そばの名称。
お給仕の女性が、一口分の汁そばを客が食べ終わると瞬時に客のお椀に投げ入れる。客は自分のお椀に蓋をしない限り、次々に投げ込まれる。大体十数杯で普通のかけそば一杯分に当たる。
食べたそばのお椀が側にどんどん積み重ねられていくのを見るのは楽しいけれど。以前大食いの馬鹿もん(僕のことです)が挑戦した時には、60杯を過ぎた頃から、お腹が苦しくなり、その頃には回りの連中はギブアップしており、その係りの女性達も皆僕の側に来て虎視眈々と僕のお椀に入れようと待っている。結局70杯位食べて許してもらった。
相撲のように「番付」があって、大関か関脇になったような記憶があります。ここら辺では「わんこそば」の店があるかどうか分かりませんが、盛岡辺りに行かれた時は是非チャレンジしてみて下さい。胃薬持って。
五月の話 『下町』
江戸のそばは商業地帯の下町から発展した。
邸町山の手(俗に「の手」と言う)の対語。そばについて言えば、下町はやぶ系の辛汁が好まれる。永井荷風によれば、江戸と言えば水道の通じた下町を指して言ったもので、小石川、牛込、又は赤坂、麻布あたりに住んでいるものが、下町に用足しに行く時は、江戸に行ってくると言ったそうである。
今日では、昔ほどやかましいことを言わず、山の手を除く商店街の総称とされている。そう言えば、私が東京でそばの勉強をしていた時、そこの親父が「潮干狩り」のことをどうしても「ひおしがり」と言うので笑ってしまったことがある。
そのくせ「ひろしま」は「しろひま」とは言わなかった。おもしろいね。
四月の話 『ぶっかけそば』
元禄時代頃からのものとされている。
今日の「かけ」はここから発したものであろう。
冷たいそばの上から熱いつゆをぶっかける。するとちょうど食べやすい温度になって、さっさと食べることができる。気の短い江戸っ子にはぴったりな食い方だったに違いない。つゆの量も丼に少し残るくらいで、今のようにたっぷりとはかけていなかったようだ。
「ぶっかけ」が短くなって「かけ」になったようです。
当店で夏場に出す「ぶっかけそば」は冷たいそばに冷たいつゆ。
忙しい合間に店の者が食べるには、冷たいそばに、熱いつゆが手っ取り早くて簡便です。
三月の話 『庚申そば』
六十日目に回ってくる庚申の夜に清めのためと、眠け覚ましの為に食べるそば。干支の一つ、かのえ、さるに当たる庚申月に庚申祭が行われてきた。
人間の体には「三尸」と言うものが入っており、人が眠りにつくと、この夜抜け出して、その人の悪いことを上帝に告げ、罪の重軽に応じて、命を縮めるという。それでこの夜は商家はもちろん、民家でも徹夜したと言う。
この夜、男女交合して疲れて、うっかり眠りにつけば懐胎して、生まれた子は悪事を働くという。
川柳に「庚申をあくる日聞いて嫁困り」とか「庚申をうるさく思う新所帯」とかがある。「庚申」(こうじん)、「三尸」(さんし)と読みます。
さて、次回の「庚申」は四月六日(水)です。そばを食べて徹夜をしましょう。
二月の話 『祖谷そば』
徳島県の秘境として知られている峡谷で、いやと読みます。
そば好きは一度は訪れて見たい所である。35年ほど前に訪れた事がありバスの終点の「かずら橋」を渡った所にあるそば屋で田舎そばを食べた。丼から持ち上げるときにボキボキと切れてひどく食べにくかった事が思い出されます。平家の落人が開いた集落と聞いている。良質のそばの産地としてもよく知られている。行った当時は阿波池田駅前から片道三時間半のバスが一日一便あり(二便だったか?)朝の便で行き、そのバスで帰らないとその日に帰って来れない。離合も出来ないような凄い道で、道から下の渓谷迄が350mもある崖道で、下を見るとくらくらするような道だった。翌年車で行った時、道の途中に「温泉」の立て札があり、渓谷の下まで歩いて降り谷川のほとりに作ってあった湯船に岩の間から湧いているお湯をホースで入れて入った。最近お客様から聞いた話では、道も良くなってあの温泉があった所には温泉ホテルが出来ているらしい。もう昔の情緒は楽しめないだろうが思い出したらまた行きたくなった。 いつか、そのうち、きっと。
一月の話 『出石そば』
兵庫県の北端に出石という町があります。
上代「出石族」と称する人たちが居住した所で、近世城下町として栄えてきたところであり、「出石焼」「出石そば」で知られている。
「出石そば」は別名「皿そば」としてもよく知られている。
普通、小皿に五枚そばが盛り付けられ、別の容器に「山芋おろし」「生卵」が付いてくる。そばが足りなければ、追加二枚、三枚と注文できる。
小さい町だが町内に40〜50軒のそば屋があるそうで、どこに入ったら良いのか迷ってしまう。ついついカッコ良い店構えの店に入ったがまったくのはずれで、仕方が無いので、出石焼のそば猪口を買ったついでにお店の人に聞いて次の店に入って食べた。そこそこに美味しかったので、満足しました。皆さんは初めてのお店を選ぶ時どのように感を働かせているんですか?
ちなみに「出石」と書いて「いづし」と読みます。ドライブがてら行ってみてはいかがですか?ちょっと遠いかな。
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