饕餮庵  手打ち蕎麦、うどん
広島県呉市広本町3丁目22-29
Tel:0823-74-2015
mail:toutetsu320@gmail.com
∴営業時間、定休日


 『そばに関するおもしろ話

そばの話
『節分そば』
 昨年も書いたけれど、今年も節分が来た。先日買い物をしていて、ふと気が付いたのだが、恵方巻きのビラの中に「節分そば」の写真が載っていて、蕎麦も予約を受け付けているようだった。お店も忙しく、節分の時期が終わるとすぐに「バレンタインデー」で、チョコレートに走り、それの後は「ひな祭り」だ。数年前から、カボチャのお祭りの「ハローウイン」が大流行らしいけど、何のお祭りか?僕らは良く分からないから、じーっと見ているだけだけど、それぞれに対応しなければいけないから、お店の人達は大変だなあって思います。頑張って下さいね

そばの話 
『お正月』
 ようやく一年がたちさっき年越しそばを終えて帰ってきて、晩飯を食べた所です。今、TVで紅白歌合戦を見ています。この番組を見るのも超久しぶりで、あ〜まだやっているんだと辺に懐かしい気持ちです。が、知らない人達ばかり出てきて、え〜今はこんな歌が流行っているんだねえって感心と言うか?驚いています。しばらく見ていて少し飽きてきたのでこれを書いています。出場者の方達に悪意はないので御免ね。こっちの感性が一歩も二歩も遅れているだけだからね。
 石臼を入れてから、ようやく半年がたち、色んな挽き方をして、よりおいしくなるように頑張っている所です。今年も少しでも進歩して皆様に喜ばれる「美味しい蕎麦」を打っていきます。今年も宜しくお願いいたします。

そばの話
 『更科の柚子切り』
 また今年も、美味しそうな柚子が店頭に並ぶ時期がやって来た。今月から柚子切り蕎麦を出す予定だ。あ〜っという間に一年が過ぎて、今月の終わりは「年越しそば」だ。一年の最後の最後が一番忙しい時だから、ありがたいけどクタビレル(笑)。何処のお店もこの日は遅くまでやって、翌日は寝正月なんだろうなぁ。当店では、そんなに沢山は打てないので、何時もの通りに打てるだけ打って、無くなったら終わりです。毎年やる気があるんか?ってお叱りの声もあるけど、いやはやもうダメですって笑って、呉越え方面に逃げている(笑)。まあ、正月の間に元気を養って、新年も頑張りたいと思っています。
そばの話
 『新そば』
 毎年の事だが、今年も新そばの季節がやってくる。今、日本のあちこちで、農家の方々が一生懸命に刈り入れて乾燥させて、美味しい蕎麦を作っていらっしゃる事だろう。そばが旨いの不味いのって、私達は勝手なことを言っているけど、農家の方の事を思えば、あだやおろそかにそばを扱えないし、食べて文句を言う事もはばかられる。雨や風や台風などの危機を、何度も乗り越えて美味しい蕎麦を収穫された農家の方たちに「ありがとう」の気持ちを捧げたい。
 とは言え、もう暫くすれば「新そば」が入ってきます、嬉しいね。皆さん、乞うご期待って所だ。

そばの話
 『石臼挽き』
 前から考えていた事だが、当店もついに電動石臼を導入した。これで、「挽きたて」「打ち立て」「湯がきたて」のそばを召し上がっていただく事が出来るようになった。開店の時から、自家製粉でいきたかったんだけど、資金的にも無理があって、夢のままで終わりそうだった。だが、息子が店を継いでくれるようになり、それならばって事で実現した。まだまだ試行錯誤が続く事だろうけど、良い粉が挽けているので、この先が楽しみだ。

そばの話
 『垂れ味噌』
 江戸時代そばが食べはじめられた頃、醤油はまだ関東になかった。では、何に付けて食べていたのだろうか?。大根のしぼり汁に味噌を溶かしたつゆとか、お酒に梅干しを入れて煮詰めた物とかで食べていたようだ。その中でも「垂れ味噌」と言うのがあって、これは、水に味噌を入れ、煮詰めてこして、それで食べたり、中には鰹節を入れた物などもあったようだが、どんな本を読んでもハッキリしない。千葉の銚子で醤油を作るようになって、今のそばつゆの原型が出来上がったようだ。今後も鰹節以外にも美味しいダシの元が見つかれば、もっと素敵なつゆが出来るんだろうねえ。

そばの話
『そばのつなぎ』
 福島県のそがで「桧枝岐そば」があるのだが、ご存知の方はいるだろうか?。僕がそば屋を始める時、東京で色んな所に行って食べたのだが、その当時にはすでに東京にも無くて、桧枝岐(ひのえまたって読む)に行かないと食べられないって事だった。それから数年後にTVで見る機会があったのだが、つなぎにごぼうの葉っぱの繊維を使うと言う事だった。また、延ばし方、切り方も独特な方法でやっていて、びっくりしたのを覚えている。
 今でも残っているのだろうか?。

そばの話
 『長野のそば』
 今年、NMKの「こころ旅」って言う番組を見ていたら、長野の地元蕎麦が出ていて、つなぎに牛蒡の葉っぱの繊維を使うって紹介されていた。昔は、山の中では小麦粉を栽培できなかったので、つなぎに色々と考えたようだ。そば粉だけで打ったそばは、ボソボソで短く切れて、とても食べにくくて、つなぎに色んなものを試してみて、牛蒡の葉っぱなどと言う物に出会ったんだろうと思うと、人間って、そばであれ何であれ、何とかおいしく食べたいって思いで、どんどんチャレンジしてきたんだなあって考えると、嬉しくなってくるよねえ。

そばの話 
『津軽そば』
 
先日、TVで「津軽そば」のことをやっていた。作り方も他のそばと違って、まるで「更科そば」を打つような方法で打っていた。つなぎは大豆の粉で、これを湯捏ねにして、そばを打っていくのだ。それを翌日湯がいて、また一晩寝かせて、翌日振り笊で温めてつゆをかけて食べる。打ち始めて三日もかかる。説明を聞いたが、旨いのやら、不味いのやら、まったく見当がつかなかった。今度、津軽のほうへ行くときには、是非とも食べてみたいと思いました。こういう、地方で昔から伝わってきたそばが、今はおちこちで、廃れてきているのは寂しいことですねえ。


そばの話
 『剣菱』
 お酒の剣菱の事だが、蕎麦には辛めのつゆが出会いだが、蕎麦に合うお酒も辛口の酒が良いって、江戸時代から言われてきているそうだ。今ではちゃんとしたお酒のラベルには、日本酒度とか、甘さ辛さの表示があり、誰にも分かるようになってきて、酒選びに余り苦労する事も無くなってきた。
 後は自分の味覚を信じて選び、飲むことだろう。蕎麦でもなんでも同じことだが、人の意見はあくまでも参考にしてね。


そばの話
 『もみじおろし』
 大根を輪切りにして、中心に箸か何かで穴を開け、中に唐辛子を入れてスリオロス。赤い紅葉オロシの出来上がりだ。そばの薬味としては、そんなに使われていないけど、出雲地方の郷土そばとして知られる「割子」そばには使われている。最近当店でも良く食べられているけど、食べ方を知らない方が意外と多い。地理的にも割と近い所にあり、出雲大社に行けば、誰でも一度や二度は食べていると思ったけど、そうではないのかしら?。昔の「拍子木食い」なども知らない人の方が多くなっているのだろうなぁ?。


そばの話 
『年越しそば』
 毎年の事で、もう16年目になる。今年は手伝いがありそうなので、閉店時間を遅らせることが出来るかもしれない。毎年、一時半頃に麺が切れて閉店して、お客様に迷惑を掛けてきているので心苦しかったけれど、歳を取った手打ち蕎麦屋なんてそんなもんです。今年は、蕎麦の種類を一種類に絞って打っていこうかなあって考えている。まだ決めた訳ではないけれど、そんなことも考えている親父です。どこの蕎麦屋さんも、この「カキイレドキ」にどうやって儲けてやろうかって時、この親父もそんなことを考えています(笑い)。


そばの話 『
仕舞蕎麦』
 一日の仕事が終わって、その日の仕事の中で、良かった事や、悪かった事などを話し合い、翌日の仕事に生かせるようにと、残った蕎麦やうどんを食べることを言うそうだ。どこのお店でもそうだろうけど、当店でも、いろんな話をしながらお蕎麦を食べている。
 今日より明日!明日よりあさって!だからねえ。

そばの話 
『むしそば』
 そばの落語の話で「虫蕎麦」と言うのがある。元禄の頃を背景にした話で、ずるい男が勘定が足りないのをごまかそうとして、食べ終わってから、その辺を這っていた虫を捕まえて器の中に入れ、「こんな物を入れておいて銭を取るとは図々しい」と言えば、亭主少しもあわてず「看板に蒸し蕎麦と書いてある」。この返答が出来れば代金は要らずという。客の男も愚連隊の一癖ある奴「では、俺を油虫にしておいてくれ」と言って退散する。っていう筋だ(笑)。

そばの話 
『流れる』
 東北地方の方言で、蕎麦がのびることを言うそうだ。セイロは本筋としては、打ち立て、ゆでたて、盛り立てをすぐ食べるものだが、人によっては、運ばれてきた蕎麦を、置いたまま、蕎麦前を頂きながら、その後、おもむろに蕎麦を頂く。水の切れた蕎麦は、香りを感じさせて、つゆののりも良いし、これはこれでヨロシイもので、この「のびた蕎麦」を食べるのも、おつな物だ。だけど、その時には、時々箸でほぐしてやらないと、団子になっちまう。
 濡れ濡れの蕎麦もいいけど、干渉しないでくれとばかりに、こんなそばを頂くのも、時には良いかもしれないねえ。

そばの話 
『節分の話』
 太陽暦で今日二月三日が「節分」だが、本来の「二十四節季」は、太陰暦で示していたものであるから、現実の季節感覚と少し違うところがある。たとえば、今年の旧暦の「節分」は、三月二十二日(日)だ。この頃であれば、水も少しは温んできて、少しは春の訪れを感じてくるようだねえ。今日の朝は寒さが少し緩んでいたが、まだまだ季節は冬の間最中であり、少しも春を感じられないのがホントの気持ちだと思う。
 「大寒」や「雨水」とか「土用」とか、一年を二十四の季節に分けて、農作業の基準にした物だから、太陽暦では多少のずれが出る。それを勘案しながら、農業をされている。ちなみに旧暦の正月は二月十九日だ。もう一回「元旦」を迎えよう(笑い)。

そばの話 
『鬼汁』
 鬼が食べるような、辛くて舌がピリピリするような蕎麦のつけ汁の事です。辛味大根をオロシて、その汁と実に、醤油を加えてつゆとする。田舎そばをセイロで食べるときに、この「鬼汁」で食べると誠によろしい。と、物の本には書いてある。辛味大根でなくても、大根のオロシ汁は辛い。自宅で蕎麦を食べる時には、試してみるのも一興です。青首大根は甘いって言われているが、先の方(三分の一)は、イラチにおろさせると非常に辛いときがある。それを、そばつゆに入れて食べると、同じ効果がある。辛味大根を薬味にすると、ワサビと違って香りがなく、純粋に辛味の刺激だけで、蕎麦の香りの邪魔をしない。そこが喜ばれる由縁だと思われる。やってみるべし。

そばの話 
『年越しそば』

 毎年やってくる年越しそば。蕎麦屋さんにとって代表的なかきいれ時だ。
 機械打ちだったら沢山打って、いっぱい売ることができるが、おいらのようなロートル蕎麦打ちしには辛いことだ。まあ、せいぜい沢山打って、お客様をおもてなししたい。毎年売り切れになって店仕舞いするのがつらいけど、焦って打って変な蕎麦を出すよりは、きっちり打った美味しいそばを出して、今年も終わりたいと思っています。宜しくお願いします。

そばの話 
『二八そば』
 江戸時代、そばを食べるのが日常になった頃、蕎麦を打つのは、生粉蕎麦が始まりだったそうだ。が、当時の製粉や保管技術が当然現代と違い、お粗末な物だった。よって、小麦粉と混合することで、打つ側と、食べる側との、理想の混合比率が模索され、二八と言う比率が採用されて400年になる。勿論、三七も、四六も逆二八もある。
 「生粉蕎麦」は当然旨いけど、打つのが大変で、江戸時代から「生粉」では商売にならないって言われて、今でも打っている店は少ない。
 大勢のお客様に対応するには、手打ちの良さと、蕎麦のうまさを合わせ持っている「二八そば」は今からも主流として残っていくんだろうなあって感じています。
 皆さんも、色んなそばを食べ比べて、楽しんで下さい。

十月の話 
『信田そば』
 今月の蕎麦は「信田蕎麦」(しのだそば)です。
 信田そばと言えば「お揚げさん」を甘辛く煮付けて、蕎麦の上に乗せたものです。
元もとは、大阪で始まった種物で、うどんを台にしていたそうだ。それが関東にも広がり、蕎麦を台にして供されたそうだ。大阪では「けつねうどん」とも呼ばれている。

九月の話 
『そば粉』
 いつも普通に使っている「そば粉」。店では、十五年来、北海道のそば粉を使っている。
 今では、地域おこしも盛んで、各地で栽培が盛んになっている。蕎麦で地域を元気にしようっていう試みが各地で成功していて、ニュースなどで見ていて楽しい。石臼挽きや、機械挽きなどがあり、また、蕎麦の製麺なども色々頑張っていて、その違いも楽しい。休みの時に各地の蕎麦を食べるのが僕たちの楽しみの一つになっている。ラーメンが日本を席巻して久しいが、蕎麦やうどんにも頑張ってほしいと思っています。

八月の話 
『出石の皿蕎麦』
 兵庫県の北に「出石」と言う町がある。そこには蕎麦屋が4〜50軒あって、以前(15年前)に行った時にも、どこに入ったら良いのか決めかねて、結局、「出石焼き」のお店のお婆さんに聞いて入った店が、そこそこ旨くて満足だったのだけど、今回は、カミさんの直観に期待して選んで入ったのだが、結果は、失敗だった(笑)。ここに来る途中の「鳥取砂丘」のそばの食堂で食べた、かけそばの方が旨かったねえ?って、カミさんと笑いながら退散した。店の構えは素敵なんだけど、蕎麦の方にも力を入れて欲しいよねえ(笑)。
 出石焼きのお店は、お婆さんが亡くなって閉められたそうだ。

七月の話 
『おろしそば』
 夏大根が旨くなるこの季節のそばです。そばを丼に盛りつけ、大根おろしを上に乗せる。そばつゆを掛け回して、そばと大根おろしを混ぜながら食べる。そばと、大根の辛味と、つゆのうま味で食べる、シンプルそばです。大根のオロシ汁に、醤油を混ぜ合わせたものを、かけて食べる、という所もあります。辛味大根でやるととても辛くなります。

六月の話 
『レモン切り』
 更科粉の変わり蕎麦の一つで、レモンの黄色い皮をすりおろして混ぜて打つ。レモンの香りが爽やかで、少し黄みがかった蕎麦の、のど越しが楽しい。五月末まで打ってきたが、しばらく変わり蕎麦は「茶そば」を続ける予定です。

五月の話 
『鵺』(ぬえと読む)
 川柳に「鵺の鳴くころをたがえず夜そばうり」と言うのがある。鵺の鳴くころと言えば「丑三つ時であり、真夜中の事である。このころが夜そば売り最後の稼ぎ時間である。鵺は伝説の怪物で、頭は猿、体は狸、尾は蛇、手足は虎、鳴き声はトウツグミの如しと形容されている。読んでいるだけで、恐怖にかられそう、な動物ですねえ?灯が乏しかった頃は、こんな「魑魅魍魎」が暗闇に潜んでいると恐れられていた。まあ、今でも暗闇は怖い。

四月の話 
『蕎麦屋のマナー』
 東京での話だが、僕が見聞きした範囲で書いてみました。
 @蕎麦は出された順に食べる。全員のそばが揃うのを待っていると、のびる。
 A相席は当たり前。知らない人とでも、気にしないで相席をする。
 B蕎麦前(酒類)は、女性でも気軽に頼んで、飲んでいる。
 C蕎麦前は、字の如く、さらっと飲んで、蕎麦を手繰る。酔っぱらうのはヤボ。
 Dながっちりは歓迎されない。さっさと食べて、ごっとうさんで帰る。
 まあこんなところだが、蕎麦の歴史のない地方では中々受け入れられないかねえ。
 江戸っ子は「粋」を喜んで、ヤボを嫌うから、やせ我慢をしてでも、恰好をつける(笑)

三月の話
『丼』
 どんぶりと読みます。豊国画「鬼あざみ清吉」。屋台で清吉がそばを食べる図も丼だし、十返舎 一九の「木曽道中膝栗毛」でも、書かれているのは、食べてるのも、運ぶのも、丼である。「江戸名所図会」でも、丼、椀を用いている。専門の蕎麦屋が登場するまでは、ありあわせの雑器や丼を使ったのではないかと,考えられている。元来、丼は下品な食器であり、それだから武士は「もりそば」、町人は「かけそば」、町の旦那衆は「たねもの」って言われてきたそうだ。本当だろうか?まあ、蕎麦は本来、町人の食べ物だから、下品って言われたっかまわないけど、ねえ?。

二月の話 
『唐辛子そば』
 今月の蕎麦は唐辛子を練り込んだ蕎麦です。更科粉に唐辛子を練り込んで良いのか?一体何を考えているんだ?って言われそうだが、実はすでに江戸時代から打たれている。珍しい物では無いのだが、今ではこんなそばを打とうと思う人がいないだけだと思う。そのまま手繰り込んでいけば、辛さをそんなに感じないけど、ガシガシ噛んでいればそれ相応に辛くなります。辛いのがお好きな方はお試しください。

一月の話 
『お正月』
 穏やかに明けた正月だが、一月の蕎麦を考えたら、頭が痛い。毎月、皆さんのお好みの蕎麦を出すことが出来たらいいなって、思っているのだが、もう頭がスポンジ状体で、新しいメニューが湧いてこない。そんな時にお客様から、柚子切りはまだ続けたらって言う声を頂いて、すぐに決めた。こんな安易な気持ちで良いんだろうか?いや、良いんです。

十二月の話 
『ゆず切り蕎麦』
 更科のそば粉を使った変わり蕎麦の事で、江戸時代から打たれている。
 少量しか打っていないのだが、ようやく皆さんに、受け入れられてきたようだ。十年前から打ってるのだが、最初は、まったく売れなかった。色んな物を練り込んで打っていたのだが、最近は「茶そば」だけを打ってきた。今月から仕入先が地元で採れた柚子を持って来てくれたので打つ事にしました。春頃までは出せるんじゃないかと思っています。

十一月の話 
『天だね』
 天ぷらそばの種.
これも酒の肴にする。うちでは「天盛り」と言っているが、「天ちらし」とも言い、略して「天ちら」とも言う。この場合エビ天だけだと寂しいのでシイタケ天や野菜天を付けたりする。蕎麦屋では、天ぷらと言えば「エビ」を指していることが多い。日本人は世界でも有数のエビ好き民族で、世界中から輸入して食べている。最近では円安のせいで価格が高くなって困っているお店も多いと思われる。

十月の話 
『新そば』
 毎年この季節になると、蕎麦好きな人にとっては、たまらない季節になる。当店では毎年9月末には出せるようにしているのだが、今年もどうやら何とかなりそうだ。この辺の地粉を使っているお店は早くて10月の末か、11月頃になる。新そばになっても、中々気が付いてもらえなくて、悔しい思いもしたけれど、最近は、お客さんの方から何時か?って聞かれるようになった。広町の蕎麦文化の向上に少しは役立っているんだろうか?

九月の話 
『葛飾 北斎と蕎麦』
 絵の仕事が終わると、蕎麦を食べないと落ち着かないという、蕎麦党の親玉だったらしい。
 文政十年、近くの火事で焼け出された時、避難先で、ある所から頼まれていた絵を思い出し、夜を徹して描きあげた「鐘馗様」の名画。その代金の一部で、蕎麦を食べまくったという話が残っている。ホントの話かどうか真偽のほどは分からないけど、そのくらい蕎麦が好きだったからの逸話だと思われる。

八月の話 
『徳島で食べた蕎麦』

 しばらく前に徳島に行った時、市内のある店でそばを食べた。面白い食べ方で、一人前を二つの小丼に盛って出てきた。冷たい蕎麦に、大徳利に入ったアツアツのつゆをかけて、食べる。
 元々は江戸時代の「ぶっかけ」だ。これだと急いでいる時でも、さっさと食べることができる。私達も賄ではよく食べている。今度、月メニューで出してみようかなあ。

七月の話 
『ぶっかけとは』
 江戸時代(元禄の頃)に生まれた言葉のようで、今の「かけ」の前身と思われる。
 器は丼ぶりか深皿で、つゆも今の「かけ」のようにたっぷりではなく、食べ終わったとき丼の底にわずかに残るくらいだったようです。
 蕎麦は「セイロ」が先か?「かけ」が先か?どちららでしょうか?大方の話では「セイロ」が先だと思われているようだが、そうたいした問題ではないでしょう。相前後して食べられていたでしょうからねえ。

六月の話 
『おざら蕎麦』
 今月のそば、は「おざら蕎麦」にしました。信州の甲府地方で昔から食べられていたうどんに「おざらうどん」がある。夏の暑いときにアツアツの「ほうとう」は,やはり中々食べる気にならないらしく、うどん(ほうとう)を冷たく締めて、替りにつゆを熱くして食べるそうです。つゆも、醤油味やみそ味など決まった形がなく、まったくの家庭料理ですねえ。語源も色々あるみたいだけど、はっきりしない。農作業の昼に畑の側で皆で、また、学校から帰った子供のおやつに食べていたそうだ。今では、この地方のうどん屋さんの定番メニューになっているようです。店では、これを蕎麦でやってみました。美味しいよ。

五月の話 
『通し言葉』
 最近の蕎麦屋では、使われる事がない店員さんのかけ言葉です。まず一例。
天つき三杯かけ。 (天ぷらそば一杯、かけそば二杯)
天交じり五杯かけ。 (天蕎麦二杯、かけそば三杯)
かけ勝ち七杯の天ぷら。 (かけそば四杯、天ぷらそば三杯)
 よ〜く考えると、ああ、なるほどって思いますが、この辺までは店員さんにも出来ますよねえ。では。
天交じり七杯きつね、幕でおかめ二つ。 では?。答えは。(天蕎麦二つ、キツネ五つ、おかめ二つ)
ではでは。これはどうですか? たぬきそば交じり六杯天ぷら、幕で月見つき四杯きつね、天ぷらうどんつき。 これはいったいどんな注文かな? 答え。たぬきそば二つ、天蕎麦三つ、天ぷらうどん一つ、月見そば一つ、きつね三つ。こんなのを聞いても???だよね。昔の人はすごいっていう話でした。

四月の話 
『そばつゆ』
 江戸時代、銚子の方で醤油が作られるまでは、蕎麦のつゆとか、刺身の付けつゆには、煎り酒とか、お味噌を溶かしたものとかを使っていた様だ。大根をスリオロシて絞った汁に、味噌を溶かしたり、苦労が偲ばれる。醤油が出来てからは、あらゆる料理に使われるようになって、江戸の味が出来上がったんですね。
 関西では、薄口が多用されるけど、関東では濃い口しょうゆ。煮物などでも少しこってりしたものが好まれるんですね。店のつゆも濃い口しょうゆを使っています。

3月の話 
『神田やぶ蕎麦が火事』
 先月「神田やぶ蕎麦」の内所の話を書いたけれど、その後、火事になったとニュースで見た。
驚いてしまったのだけれど、木造の古い由緒ある建物で、再建されてもあの風格は再現されるのは難しいし、時間がかかるだろう。何とか良い形で再建して欲しいものだと思っている。この店の近くには「神田まつや」も、良いたたずまいで営業されている。木造のお店は維持に手間と経費が掛かって大変だろうけど、後世にまで残していきたい遺産だと思って、維持していただきたいと強く思います。

2月の話 
『内所』

ないしょと読む。 内証とも言う。帳場の事。今はキャッシュレジスター時代で、これが入口に陣取っている。
今でも古い暖簾を守っている店にはこれを残している所もある。東京の神田やぶ蕎麦などそうだ。
ここでは注文を厨房に通したりしているようだ。でも変な声で話すので何を言っているのかよく分からなかったのを思い出した。ここに座る人が蕎麦屋の主人です。

1月の話 
迎え酒
 
二日酔いの朝、お酒を少し飲むと頭の痛いのやら、吐き気などがおさまるからやってみるのも良いかも。でも体には良くないから、あまり勧められない。と言うのは、二日酔いの状態とは、前日飲んだお酒を肝臓が水とアセトアルデヒドに分解する為に猛烈に働いている状態らしい。そこに少量とはいえまたアルコールが追加されるわけだから、すぐに酔っ払い状態に戻るだけだ。それで頭が痛いのやら吐き気が少しおさまる。
正月だから少しのお酒は良いけれど、あまり飲みすぎるのはどうかねえ?
 私も今年は少しだけ控えめにしてみようと考えています。出来るかな?

12月の話 
『正月うどん?』
 
少し前の事だが、年越し蕎麦に対向して、香川の讃岐うどんの組合が
「正月うどん」を始めたとラジオで話しているのを聞いた。
毎月末が「つごもり蕎麦」で一年の最期が「おおつごもり蕎麦」又は「年越し蕎麦」だが、うどんには無い。よほど悔しい思いをしてきたんだろうな。
 新しく始めた事が習慣になるには、相当長い年月がかかると思うので
頑張って欲しいと思います。さあ今年も後一ヶ月だ、風邪なんどをひかんように気を付けて頑張らなければって思っています。


11月の話 『酒の燗』
 
そろそろ風も冷たくなって、おでんとか鍋物とか熱い料理が欲しくなる季節ですね。そんな季節にはやはり日本酒ですよね。そうです「燗酒」ですよね。  酒のカンは「間」の意で、中間のぬくもり、人肌の温かみ。
 酒の温度は50度くらいが万人向けです。
徳利の底に指を当ててぬくもりを感じます。
 熱燗は55度くらい、ぬる感は45度くらいが目安です。最近は電子レンジで温めるのが多いみたいですが、その時には、徳利の上のほうが熱くなって下のほうが冷たいので、僕は箸で混ぜてやります。
 人肌とは、女性のオッパイで温めてもらうとちょうど良いそうですが残念ながら僕には経験がありません。誰かやってみて結果を知らせてください。
 さて今晩も自分でつけて飲みましょうかねえ。



10月の話 『蕎麦屋のメニュー』
 先日、久しぶりに津和野町に行ってきた。
よせばいいのに、昼飯に手打ちそば屋に入ってしまった。又そばかよー(泣)
とにかく店内に入ると老夫婦二人でやっていらっしゃるお店だった。
 メニューを開くと、そばのメニューは二つだけ。釜揚げそばとセイロだけ。
そばの種類は「生粉そば」だけ。手打ちそばの店はこういう店が多い。
 このメニュー仕立てを見て、うちの店のメニュー数は異常だと感じた。
あれもやりたい、これも出来るってどんどん増えて、そのうえそばの種類も
どんどん増えてしまって、打ってる本人が参ってしまっている。
 手首や腰や膝や、痛い所がどんどん増えている。いつまで出来るかなあ。



1月の話 
『中打ち』
 そばの太さの一つで、細打ち、中打ち、太打ちとある。
店で出している「茶そば」「生粉そば」は、細打ちであり、「二八」「田舎」は中打ちだ。
 世間一般で普通にそばと言えば、この中打ちになる。なかには、極細打ちとか、極太打ちとかもある。落語で、熊さんが「そばは細くなくちゃあいけねえよ、うどんみたいなものは、ごめんだよ」 こうなると「中打ち」ではまだまだと言う事になる。熱いそばを食べる時と、セイロを食べる時と、太さによって食感が違うから、一概に細い方が、又、太い方がとは言えない。その上に個人の好みが加わってくるから、皆さんの好みに応えようとすると、当店みたいに色々と揃えなくてはいけない。しかし、そろそろ限界にきたかな、と考えています。


12月の話 
『そば禁令』
 徳川幕府は寛永十九年から二十年にわたって、麺類一切、饅頭などの売買禁止令のご法度を出している。勿論「そば」「うどん」「そうめん」もダメ。
こうした禁令は、庶民に贅沢を覚えさせないよう、又、不意の事変のために、貯蔵を優先させる事が目的になっていたようだが、今では変な禁令だね。まあ、「生類憐れみの令」など発布したような時代だから仕方ないけど。
何時の時代も迷惑するのは市井の一市民だね。


11月の話 
『そばかるた』
 皆さんは「いろはにほへと」をご存知と思うけど、そばにかこつけた物があるのをごぞんじだろうか?
 さわりをご披露。
い 「勢いをつけよお客の迎え声」
ろ 「禄青に気づけ銅鍋銅杓子」
は 「繁盛の木の根油断の虫が喰い。」
に 「ニコニコの店に暇なし客の山」
 この続きはいずれまた。

 9月の話 『お酒の燗』
 
秋風が吹いておでんや鍋物で一杯が楽しい季節になりました。
そこで、燗酒について一言。今や蕎麦屋でも沢山の種類を揃えている店も結構あります。吟醸酒や大吟醸酒など、特別ないいお酒は燗しない方がいいと言われています。折角のいい香りが吹っ飛んでしまうから、もったいないと言うわけですね。燗に適しているのは「本醸造酒」「特別本醸造酒」などがいいと思います。ただこれもあくまで主観が一番ですから、あなたの気に入るようにされるのが最高です。あと、「ひやさけ」と「冷酒」は違います。ひやは普通に常温のお酒。冷酒は冷蔵したお酒です。



8月の話 
『鬼汁』
 「真田汁」とも言われてきた。最近では聞いたことが無い。北山大根とか稗大根と呼ばれてきたすごく辛いネズミ大根をおろして、これに醤油を掛けたもの。そばの薬味としては中々優れものである。店では違う大根の種類だが、辛味が頭にツーンと来るような刺激のあるものを使っています。


7月の話 
『具』
 そばやうどんの種物を言う。本来は連れ、添え物と言う意味の古語。
器具、道具などのように「添えて物が揃う事」を言う。関西では「加役、加料」等の意味がある。種物のそばうどんには色々な具が使用されるから賑やかになり、土地柄又季節にもよってバリエーションが多彩であり、お客様にも楽しんでいただける。


6月の話 
『きしめん-2』
 4月 5月ときしめんを打ってきたが、常連さんたちに、やっぱり「うどん」を打って欲しいと言われてしまった。僕自身は結構気に入っていたのだが、うどん好きな人の気持ちを大切にしていこうと決めました。


5月の話 『きしめん』
 名古屋地方で打たれている麺で、素材はうどんと同じ「小麦粉」「塩水」である。ただ形状が違う。幅が1センチ近くあり厚みはかなり薄い。食感はうどんと違い「つるつる」じゃなくて「ビラビラ」としていると言うか中々楽しい。先月から打っているが結構受けているのでしばらく打ち続けたいと思う。名古屋地方でも手打ちでやってる店は少なくなっていると何かで読んだ気がするが、かなり薄く伸ばすので沢山打つのは大変だと思う。お店のきしめんは塩を使っていないのでヘルシーですよ。少量しか打っていないので、品切れの時はご容赦ください。


4月の話 『蕎麦味噌』
 蕎麦屋の酒のあてとして割合多くの蕎麦屋で出している。それぞれの店主の好みで、使う味噌の種類、中に混ぜ込む素材も違う。練りこんだ物をそのまま出す店もあるし、ヘラやしゃもじに盛り、焼き目をつけているところもある。それぞれに味があって楽しい物だ。


3月の話 『桜』
 「奇麗」の意味。特に「セイロ」の場合、少なめに盛り付けること。
一杯飲んで後は、軽くそばと言う時に、お客様が軽くつけてと注文された場合、店用語では、厨房に通す言葉として「さくら」にしてと言う。
 桜の花は奇麗なので、それに通わせたもの。しゃれ好きの江戸っ子の機智から生まれたものだろう。今ではこんな言葉、聞くこともないけどね。
 それにしても、今月から桜の話題がニュースになりますね。

2月の 話『池波 正太郎のそば』
 「鬼平犯科長」「剣客商売」「必殺仕掛け人 藤枝梅安」など、池波先生の時代劇小説には「そば屋」が度々登場する。いかにも美味そうに描写してあるので、一杯飲んで布団の中で読んでいるとおなかがすいてくるような気がする。他にも「どぜう鍋」とか「小鍋立て」とか「しゃも鍋」とか色々出てきて楽しい。惜しむらくは翌朝すっかり忘れてしまって試していないことだ。ああ残念。

1月の話 『あつもり』
 冷やモリの反対。「湯とうし」とか「土用」とか言う。似たようなものに「釜揚げ」があるが、出雲地方では熱い蕎麦湯を張った丼に入れた蕎麦に、醤油などをかけ、味を調整して食べる。
 「あつもり」では、ゆで汁を切った熱いそばをザルに盛って出す。それをつけ汁につけて食べる。寒い季節には中々乙である。うちの常連さんでただ一人だけこれを頼む人がいる。伸びるのが早いので二八か田舎二八でならと受けている。年末、久しぶりに注文があったので思い出しました。


12月の話 『わさび』
 蕎麦の薬味としてよく使われるが、刺身の薬味にも良く合う。
和名「和佐比」とも「山葵」とも書かれている。ナタネ科の多年性草本。春、白色の四枚の可憐な花をつける。薬味にするのはこの地下茎である。生育条件としては、気温25度以下、水温8〜17度、水質透明で緩やかな流れのある砂泥状の土壌を好むようだ。味は甘く、下の上に乗せると瞬時に鼻に抜ける辛味は強い刺激で、ツーンと来る。日本人にはこたえられない刺激のようで、唐辛子のように辛さが長く続かないのが良いようだ。蕎麦の薬味にはこれが一番とされている。


11月の話 『最近の蕎麦生産量』
 過去5年間の蕎麦生産量は、気候の変動などにより(台風,雨など)
ひどく落ち込んでいるようだ。特に昨年など、作付面積の減少等により大きく減ってきている。テレビなどで報道されるように「蕎麦の花」「新蕎麦」等結構その時期になると見る事が出来る。だが、大きな作付け面積を持っている「北海道」山形県」「長野県」「茨城県」など、軒並み減っている。他方、各県で町おこしのために蕎麦の栽培がニュースになることも多い。しかしこういう地域の生産量はごく僅かであり、年中供給できる物ではない。将来が心配である。


10月の話 『すいのう』
 蕎麦やうどんを鍋から掬い取って水気を切る道具です。昔は木と竹を編んだ物が多かったが、最近はステンレスが多い。似たような物で「振りザル」があるが、これは洗った蕎麦を再び温めるときに使う。これも竹を編んだ物が多かったが、最近はステンレスが多い。以前は私も竹製を使っていたが、竹の間に蕎麦が挟まって中々取りづらい。ステンは洗い易くもあり重宝してる。

9月の話 
『盛り分け』
 一つのセイロに二種類以上の違った蕎麦を、きれいに並べて盛り付けること。これを「相乗り」と言う。変ったところでは、蕎麦とうどんの相乗りもある。蕎麦の種類によってそれぞれ湯がく時間が違うから、中々大変で、当店ではやっていない。


8月の話 『気候変動』
 最近の気象は僕達が子供の頃とは少し状況が変わってきているようだ。勿論「猛暑日」なんてのも無かったし、熱中症なんてのも無かった。
 気になるのは、この影響が「農業」にどんな影響があるのか?と言う事だ。数年前に台風が日本列島を駆け抜けて北海道の蕎麦畑を蹂躙した。などもそうなんだけど、平均気温が2〜3度も上がったら、植物は対応できない。そのうち、蕎麦栽培は「シベリア」や「アラスカ」でないと出来ないよね、と言う事になったらたいへんだな〜とか、頭の片隅で思ったりします。皆さんどう思いますか?


7月の話 『うどん』
 久々に「うどん」の話。先日休みのときテレビを見ていたら、高松のうどんの名店と言われるお店のうどん打ちをやっていた。うどんは本来小麦粉と塩水で打つのが基本とされている。1リッターのお水に何十グラムかのお塩を溶かしてその塩水でこねていく。塩の働きは小麦粉のグルテンの結束を強くしてうどんのこしを強くする、と言われてきた。この塩はうどんを湯がく時にお湯の中に解けて出ると言われていますが、やはり少しは麺の中に残る。その位がちょうど良いと言われるお客様もおられて、そこは好みだと思っている。
 僕の店では、塩はまったく使っていません。それでも腰は強く美味いよ。


6月の話 『南高梅』
 和歌山地方で栽培されている梅干用の粒の大きな果肉の多い品種です。
ところで、「南高梅」の名前の由来をご存知ですか?
天災で危機に瀕した紀州を梅で救った、南部高校園芸科の竹中先生が、五年にわたる梅の母樹探しを手伝ってくれた生徒達に敬意を表して、南部高校から名前を取って『南高梅』と命名されたそうです。普通なら自分の名前を付けて「竹中梅」とするところなのに偉いよね。6月の蕎麦はこの南高梅を使ってつゆを作りました。少しの酸っぱさがイケマスよ。


5月の話 
『茶そば』
 「今月のそば」で打っているのは更科の「茶そば」です。
江戸時代から打たれている変わりそばの一つです。清涼感があってタマニハいいもんですよ。
 「夏も近づく八十八夜、野にも山にも若葉が茂り」と歌にあるように、「立春」から八十八日位から茶摘がはじまります。
 蕎麦と同じように年に一度の新茶の季節です。
旬の物を食べれば寿命が75日延びるとか昔から言われてきましたが、昨今は農業技術と保存技術の改善で一年中同じ物が食べられて、旬とかを感じられない時代になっていますけれど、たまにはそうゆう季節を感じる食べ物を頂きたいものですね。


4月の話 『大根そば』?『そば大根』?
 「おろしそば」と言うのは北陸方面で有名だが、「大根そば」とかは、あまり聞かないと思う。大根の細切りをそばと一緒にセイロの上に盛って出し、一緒につゆにつけて食べる。大根のシャリシャリした食感が楽しい。昔の話だが、そばの量が少なくて、大根ばっかりの「そば大根」を食べて、こりゃあ「そば大根」じゃあなくて「大根そば」だと言った。と言う話が「東海道膝栗毛」に書いてあったような気がする。


3月の話 『自己完結タイプ』
 蕎麦の原料から自分で栽培しないと気がすまない。蕎麦畑の立地条件、挽き方、そばつゆの醤油、つなぎ、薬味、あげく水まで凝りに凝り、すべてを自分の手で完結する完結型。蕎麦の求道者であり、蕎麦は彼にとって人生の道である。


2月の話 
『観光名所店タイプ』
 出雲とか長野とか飛騨高山とか観光地に多く、味より回転を重視したお店。お客さんもまあ名物なら食べてみるか適な蕎麦屋。お店としても観光バスが到着したらそれっとばかりに出さなくてはいけないので大変であるし又お客さんの方もパパッと食べて次の目的地に行かなければならないのでゆっくり味わう暇もない。


2010年 1月の話 
『有名店タイプ』
 一般に「老舗」とか「しにせ」とか言われているお店です。創業年数が長くて味も一定していて、メニューも古典的なものが多い。店構えもいわゆる蕎麦屋風で、それだけでも楽しめる。ただ、新しい味の挑戦は少ないか?


12月の話 
『定休日の変更』
 身体にガタがきています。
 膝や腰、肩や手首、目に歯、書き出せばきりがない。年が明けるとすぐに還暦を迎えます。普通の会社なら定年退職です。
 店では定年は無いけれど、僕の身体は正直にあっちこっちが悲鳴をあげています。僕は出来れば70歳を過ぎても蕎麦屋をやっていたい。セーブしながらマイペースで蕎麦打ちをしたい。と思っています。
 新年から定休日を増やして「火曜」「水曜」と休みます。すでに店内に書き出しているけど、反応は様々です。
 お客様には大変ご不便をおかけしますが、ご了承頂きたいと思います。


11月の話  『そばつゆの話』
 味に関しては人により千差万別だが、そばつゆに関しては理想としての
基本的な考え方が昔からある。
「理想として、醤油が入っていて醤油の塩辛さを感じず、味醂が入っていて味醂の甘さを感じさせず、その効用だけを発揮させ、鰹節の臭いも感じさせず、いわば三位一体となった良いつゆを作り出す事が肝要である。」、と、、、。
 意味するところは、材料が顔を出すつゆは失格ということである。
 そばのかそけき風味を妨げず、むしろその風味を引き立てるつゆが理想である。多くのそば屋が理想のつゆを目指して頑張っているのだが、これが又非常に難しい。
 お客様は色々だから、一つのつゆを味わっても十人十色の反応がある。またそばの種類によっても、つゆとの相性が変わってくる。
 いやはや、いたしいもんですね〜。(苦笑)


10月の話 『肉そば』
 江戸時代のそば屋のお品書きには見当たらない。あるのは二本足系の鴨とかウズラとかカシワである。
 牛肉、豚肉など食べ始めたのは大正の時代になってからで、それでもめったにない事だったようだ。戦後になって大いに家庭でも食べ始めたようです。
 今でも格式あるそば屋では、四足は使わない。いわゆる鳥系の肉しか使わない、と何かの本で読んだような気がする。
 当店では10月のそばとして「肉そば」を出します。まあ食べてみてください。


9月の話 『夜鷹そば』
 江戸時代のいわゆる屋台のそばで「夜鷹そば」があった。
こんな笑い話がある。「汚くて食えぬ夜鷹そば」というもので、
夜鷹そば売り、夜中時分、家の戸をたたく。
「これかかあ、開けてくれ」
「こなたは、もうかえらしゃったか」
「いや、ひだるくて(空腹で)ならぬから、飯を食いに帰った。
「ひだるくば、なぜ、荷のそばでも参らぬ(食べないのですか)」
「どう、これが、きたなくて食われるものか」
 江戸時代、水の使用も不自由でおおいに不衛生だったに違いなく、こんな話が作られたようだ。
 呉の屋台通りでは水道もガスも電気も付いていて全く清潔に商売されている。良い時代になったものだ。


8月の話 『そば屋の昼酒』』
 関東地方では、昼間からそば屋で酒を飲むのは女性でも許される。ましてや男など許されなくても、飲みたい人も多かろう。しかし、先年より飲酒運転の取締りが厳しくなり社会的にも許されなくなって(飲酒運転が)、飲みたくても車があるので飲めない。そうかと言ってバスや電車でわざわざ行くって言うのも、まあなんですわいのう。そこで、運転手が必要になる。友人などであれば、誘った方がそば代を持たないかんし、それも度々だとつらい。お店の場合でも、あまりお酒が飲まれなくなってきた。たまに飲んでいる人を見ると、おお、飲酒運転じゃあないのか?って思ってしまう。車で来ている事がはっきり分かっている時は、だいじょうぶですか?って聞いた事もある。まあ大人の良識を信じたい僕としては、皆さんにチェックを入れる訳にもいかない。信じてますよ〜。


7月の話 『そば屋の定年?』

 普通、手打ちそば屋のお品書きはそんなに多くない。と言うか夫婦二人でまかなうとなれば多くの種類は出来ない。絞りに絞ったメニューと言う事だろう。
 手伝いを増やせば人件費で大変な事になるし、そんなに毎日数多く打つことも難しい。大体中年以降に目覚めて始める店が多いだろうし、当然体力も減少気味だ。当店も例に漏れず、ややきつい毎日を送っています。あと半年もすれば還暦のオンボロそば打ち機械(僕の事です)は、毎日、油(ビールって名前の)を指しても、あちこちの部品が傷んできています。今迄はそこそこのお品書きを保ってきたけれど、いつまで続けていける事やらと思っています。
 昔から言われてきた手打ち蕎麦屋の定年は「60歳」だそうですけれど、私は後何年出来るか?楽しみでもあり、不安でもあります。メニューが1品2品と減っていれば、おお、ここの親父もくたびれてきたな、って思ってください(笑い)


6月の話 『田舎生粉そば』
 いやはや、打つのが難しくてもう止めようかと思わせるのがこのそばです。
 水回しといってそば粉と水の分量を適量に合わせ打っていくのですが、これが難しい。すぐに破れてしまう。そこを何とかしようと思ってやってきたのだけれど、5年もやってきたけれど、もはやギヴアップかもしれない。
 「生粉そば」はなれてきた。だけど、「田舎生粉」は難しい。ほんまにむつかしい。もう止めようか?


5月の話 『そばの落語』
 「そばの羽織」
 昔 清兵衛と言う男が、信州善光寺詣での戻り道、碓氷峠で大蛇が人間を飲み込むと同時に、かたわらの草をなめると、ふくらんだ大蛇の腹が、すぐにしぼんだのを見て、その草を持って帰り意気揚々と蕎麦食い競争大会に出席する。二十五杯食べた後で、ちょっと一服と中座して、例のこなしの草をなめる。なかなか帰ってこないので、他の連中が心配して見に行くと、清兵衛はすっかり溶けてしまって、そばが羽織を着て座っていたと言うお笑い
 他にも「時そば」などが有ります。


4月の話 『そばアレルギー』
 先日来店されたご夫婦のお客様、二人揃ってそばアレルギーだけど、うどんなら食べられるでしょうか?と質問された。残念ですが、うどんも同じ釜で湯がきますし、打ち台もそばと一緒ですからどうしても微量のそば粉が入っていますから、食べられないほうがいいと思いますと、お断りした。1万人に一人位の割合で強烈なそばアレルギーの方がおられるようで、たとえば、知らずに食べてもひどい場合には死に至る、と聞いた事があります。私の知人には数人のそばアレルギーの方がいます。一人は店の中に入ってこられません。また、ある人は、純度の高いそばだと、頭の中のある部分が痛くなるんだそうです。それがその人のそばの計測器になってる。頭痛の程度でそばの含有量が分かる(笑)。
 ともあれ、アレルギーの原因は一杯あって当人には辛い事が、そうではない人には辛さが全く分からない。


3月の話 『そばクレープ』
 フランスではそば粉クレープを作っています。若い時パリに行ったけどその頃はまだ蕎麦に目覚めていなくて、クレープなどまったく知らなかった。
 30センチ位の大きさで、焼いた上にグラニュー糖を振ってたたみ、紙の容器に入れてパリジェンヌ達が食べながらシャンゼリゼを歩いていたそうです。
 広島でクレープなるものが普通に食べられるようになったのは、40年前頃だろうか?お好み焼きも昔は一銭洋食と言って、小麦粉を水で溶き鉄板の上にたらし、お玉で丸く整え、焼けたら魚粉と青海苔をふり、ウスターソースを塗りたたんでへぎのような物にはさんで手渡してくれたもんです。10円か15円位だったような記憶が?あ〜もう記憶が不鮮明なり(笑)


2月の話 『日照雨』
 「そばえ」と読む。晴れているのに小粒の雨が降ってくる時がある。
先日藤沢周平氏の時代物で「出合茶屋」というのを読んでいて見つけた。別に蕎麦と関係があるわけではないが、そばがらみで気にとまってしまった。
 お天気雨とかきつね雨とか呼んでいたような気がするが、こんなとき奇麗な虹が出たりするんでしょうね。


1月の話 『いかだ』
 手打ちそばの場合、時々そばを湯がいたときに2本3本くっついたまま茹で上がってくる事がある。そばを良くほぐさずに釜に入れたときには全体が団子の状態になる事もある。湯がき方が下手なのとは別に、そばを切るときに打ち粉を満遍なく振っていない時など、切った端から断面が引っ付いてしまう事がある。あせってそばを打った時などそういうことがある。機械打ちのそばではそうゆことはないそうです。以前入ったそば屋でも「いかだ」がけっこうあったことがある。という事は本当の手打ちそばの店という事か?

12月の話 
『結納そば』
 そばの本を読んでいたら面白い言葉に出会った。
末永かれと願う気持ちから、結納のときに添えるそばの事だ。婿側から嫁側へ贈る物で、仲人がこの仕事を取り持つ。この逆の場合もあるという。細く長くという気持ちだろうが、そばは切れやすいので、うどんを使う場合もあるという。こんな事聞いた事がなかった。結納のときそばやうどんをすすったのだろうか?おもしろいね。

10月の話 『職人衆』
 江戸時代の職人の人口は結構多く、職種も様々だった。大工、左官は言うに及ばずキセル、箪笥、簪、畳など様々な分野で活躍していた。この人達の食事を支えていたのが「そば」である。その頃の職人の手間賃は銀三匁三分他に食事代一匁三分二厘ついたそうだ。元禄の頃江戸には男三人に対して女一人の比率であったようで必然的に男やもめが多く食事など手を抜かざるをえない。そこで「そば」の登場であります。一杯十六文のそばなら安直な食事として職人達に大いにもてはやされたのです。

9月の話 『のぞき』
 エッチな行為ではありません(笑)。そばを食べる時に使うそば猪口のことです。上からのぞくようにして中身を見ます。それで別名としてこう呼んだそうです。そばを食べる時だけではなくて、猪口状の深めの食器なども指します。中には「ぬた」「和え物」「オヒタシ」などを入れます。いや〜しかし「のぞき」とは呼び方が悪い。(笑)


8月の話 『そばとスイカ』
 昔のお話。食い合わせとゆう事を昔の人はよく言ってきたが、そばとスイカを同時に食べると胃が張って苦しむと言う話を読んだことがある。すぐに吐き出せばいいけど、時間がたつと死に至ることもある「本草綱目」。真偽の程は良く分からないが、季節柄セイロを食べて、スイカを食べるってこともありえます。これは、相性の問題で悪いと言われている組み合わせで、良いのはそばと大根である。そんな事を知らずに僕は食べた事があるけど、同時ではなく、スイカはしばらく時間が経って食べたからか何ともなかった。まあ、あまり気にするとかえって良くないような気がする。皆さんはどう思われますか?


七月の話 
『出前のバイク』
 最近見かけないのだが、バイクの後ろに、そばとか、うどんを入れる「箱」をぶら下げたのがあるよね?今はどうしているんだろう?正式名称は「出前品運搬機」と呼ぶ。それ以前は自転車で片手運転で運んでいたが事故が絶えず、安全に運ぶために考案されたそうだ。カーブを曲がっても、でこぼこ道でも丼がひっくり返らないようにうまく考えている。この出前機が実用化されたのは昭和30年。それから改良を続け今にいたっている。ピザなどはつゆが無いからミニバイクでもいいが、つゆ物はこぼれるからね。


六月の話 『まごつき』
 雑役をする人のこと。蕎麦屋の古い時代の人たちの間で使われた言葉。
新参の使い走りや、雑用をする雇人の異名。新米さん。ずいぶん失礼な呼び方だが、板前さんの世界で「アヒル」「追いまわし」の呼称と同じである。
 始めは誰でもドタバタまごつくが、だんだん慣れてくる。
そうして、仕事を柔軟にこなしていけるようになる。まさしく私達の事です。
 でも、心は「まごつき」のまま。いつまでも新鮮に持ちつづけたいですね。


1月の話 『そば湯 その1』
 そば屋では、セイロを頼むと必ず「そば湯」が出てくる。
そばが栄養バランスの優れた食品である事は、周知の通りだが、そば湯にはその栄養成分が沢山溶け込んでいる。現代の栄養学を知らなかった昔の時代でも、そばを食べた後で「そば湯」を飲むことを薦めたのは、そば湯が栄養分に富んでいた事を経験的に知っていたからだろう。


十二月の話 『ソ−キそば』
 沖縄に行った時、タクシーの運転手に聞いて行った店で食べた事がある。そばと言っても「蕎麦」ではなく、中華麺のような物だった。調べてみると、昔はガジュマルの木を燃やした灰を水に溶かし、その上澄みで打っていたそうだ。現在ではかん水と塩を使うそうだから中華麺と同じような製法である。出汁は豚肉と昆布、鰹節からとるそうです。具には骨付きのあばら肉が乗っていて骨まで食べられるように調理してあり、なかなか美味しい物だった。
 沖縄では普通のそばを「うちなあすば」と言うそうだ。また食べたいな。


十一月の話 『鰹節』
 
「かつおぶし」と読み、短くすれば「かつぶし」とも言う。本節や亀節などがある。生の鰹を四つに切り割ったものが本節であり二つに切り割ったものが亀節である。これを蒸しあげてカビをつけて半年近くかけて乾燥させると叩くとカチカチと音がするほど堅くなり、生ぐさみの無い、旨みのある出汁の材料となる。そば屋は言うに及ばず日本料理屋でも昆布と合わせて基本の材料の一つです。


十月の話 『そばの貯蔵』
 ずーと昔、まだ冷蔵庫のない時代、玄そばの貯蔵は俵に詰め込み、冷暗所に蓄えていた。うまく保存できれば3〜5年は使用にたえる事ができると物の本には記されている。そばは生き物であるから、摂氏10度、湿度50%以上で活動をはじめる。現代では相当に高度な管理が行われていて相当長期にわたって保存が出来るようになっている。新そば(秋新と言い秋に採れるそばを言う)が採れると製粉会社は来年の季節まで苦心して保管するのである。そばを生産する農家の方々や、製粉会社、運送会社など沢山の人達のお陰で私達はそばを楽しむ事が出来るのです。心して打たねば。


九月の話 『そばの故郷』

 そばの原産地について、最初にバイカル湖付近と言われていたが、その後、黒龍江(アムール河)上流地域が言われ、最近の有力説では、中国雲南省、さらに、ネパール、ブータンとも言われている。どちらにしても、アジアの原産であり、日本にも、ドイツ、フランスなどにもこの辺りから渡って行ったのだろう。最近の気候変動は激しいものであり、耕作物に大きな影響が出て、そばなどが育たないようになるって事にならないようにと思っています。


八月の話 『藪入そば』
 薮入りとは都会に出て働いている奉公人が、草深い故郷の田舎に帰るの意味である。正月と盆の十六日がそうであり、昔風に言えば、奉公人の一日一晩の宿下がり。実家では何かと気を使って働きに出ている倅や娘を慰労したいが手元が不如意である。当時の暮らしはつつましいものであり、「天ぷら蕎麦」が極上のものであり、薮入りの若者にとってはこれこそが、実に待望のご馳走であったそうだ。
 今でも「帰省」で盆、暮には民族大移動といって、東西南北、遠く懐かしい故郷に帰り、ゆったりとした気分で過ごせるのは、「天ぷら蕎麦」を食べなくても良いもんですね。


七月の話 『カレーそば』
 そば、うどん共に、カレー粉を使った煮汁で仕上げ、ネギをあしらう。
メニューとしてはゲテモノの部に入るそうだし、「一流の店」では出していないそうだ。まあ当店は「一流」ではないから安心して出せる。(笑)
 大正時代初期に商売繁盛策として始まったものらしいが、そば屋業界にも洋風化の波が押し寄せてきたのだろう。
 ゲテモノでも何でも美味いものは食いたいよね。


六月の話 『嘉祥そば』(かじょうそば)
 陰暦六月十六日に疾病除けのまじないとして食べるそば。もとは神に十六個の餅又は菓子を供える慣わしがあり、平安朝の頃から始まったものが、民衆の中に入ってきたものらしい。江戸時代にはこの日将軍から「目見え」以上の者に、一個づつ菓子を賜るのが例で、「かじょう」を「かぞう」とも称えた。要するにこのころは、陽気のよくない季節なので、無病息災を祈る心から発したもののようです。


五月の話 
『割子そば』(わりごそば)
 山陰出雲地方のそばの別称であり、この地方ではどのそば屋さんでも食べられるポピュラーなメニューです。山を越えて広島方面に来ると、割子そばを食べさせる店は多くはないですね。セイロそば、汁そばが中心のお店が多いようです。 割子は三段重ねのそばに薬味とつゆ徳利というスタイルが一般的であり、徳利のつゆを適量かけ回し、混ぜて食べる。割子に残ったつゆは次の割子にかけて食べ、最後の割子にそば湯を入れて飲む。これが普通の割子そばの食べ方です。


四月の話 『茶そば』
 更科の変わり切りの一つである。抹茶の粉を練りこんで打つ。
鮮やかな緑色で、見た目も鮮やかであり、口に入れるとほのかに抹茶の味と香りがする。いきに、ツルツルと手繰って頂きたいそばである。


三月の話 
『柚子切りそば』
 
更科の変わり切りの一つで、柚子の皮をすりおろして練りこんで打つ。
薄黄色になり、爽やかな柚子の香りがしてのど越しも爽やかである。



2月の話 『海苔』
 江戸時代からあるメニューで「花巻」というそばがある。今では提供しているお店が少ないのでご存知ない方も多いようだ。その昔は「浅草海苔」と言って江戸前の海で採ったものを使っていたけれど、現在では埋め立てや水質の悪化で九州の有明海産を中心に食べられている。最近では韓国産の海苔も入ってきているようです。海苔は熱を加えると香りがたってきてより旨みを感じる事ができる。熱いそばの上に焼き海苔をのせると海苔のいい香りがして好きな人にはたまらないものです。当店では毎年二月の月メニューとして出しています。梅干しをのせています。ちょっぴりですが酸味と共に味わって下さい。


1月の話 『そば食い』
 そばを食べる作法について。
 「我輩は猫である」夏目漱石著、によると、この長いやつにつゆを三分の一つけて、一口に飲んでしまうんだね。忽ち脱兎の勢いを以って、口を箸の方へ持って行ったなと思う間もなく、つるつるちゅうと音がして、のど笛が一二度上下へ無理に動いたら、箸の先のそばは消えて無くなっていた。見ると迷亭君の両眼から涙のようなものが一二滴目尻から頬へ流れ出した。ワサビが利いたものか、飲み込むのに骨が折れたものか、これは未だ判明しない。
 と書かれている。あまり噛まずに飲み込むのは、消化にも良くないだろうし、だと言って咀嚼しすぎても、のど越しを感じられない。そばの種類によっても違ってくるし、細さにもよるし。まあ、個人の好みで、傍の目を気にせずにお好きなように食べて下さい、と言うしかない。


12月の話 『面水』
 つらみずと読む。そばを茹で上げたらすぐに冷水に放ちよく洗う。この時の水をつらみずと言い、冷たい水でそばを洗い締める。これによってそばの伸びが止まり本来のこしが出る。このことを「面水を打つ」と言う。これによってそばがピンとする。この動きは迅速を要します。
 俗に「面を洗って眼をさまし」という言葉があるが、この面水によってそばに活が入れられそばの腰がたつ。なまぬるい水だとゆるんだそばになる。


11月の話 『そばがのびる?』
 
麺類全体に言われる事だが、のびるから早く食べてね、とか、よく言われます。では、そばの、のびた状態とはどんな状態を言うのか?そばを湯がいて水洗いをして冷水で締めて、水を切って盛り付ける。お客様のテーブルに運び、つゆに薬味を入れてそばをたぐる。この状態が一番美味しく食べられる時ですね。これ以降はどんどんそばがのびてくる訳です。次第にシャキッとした勢いが無くなり、ぐにゃぐにゃになってくっついたりしてきます。歯切れの悪い、そば独特のこしの立つ食感は無くなります。そばに含まれているたんぱく質は大変水に溶け易い性質があり。水に溶けると粘りを生じる。生粉打ちとはこのたんぱく質の性格を利用した打ち方です。そば粉のたんぱく質は小麦粉のように「グルテン」のような網目構造が出来なく、その為いったん湯がかれたそばは麺の中心と表面の水分差が無くなっていき全体が軟らかくなってくる。この場合、そばのたんぱく質に水溶性が多く、グルテンの無い事がうどんよりのび易い決定的な要因です。さらに熱いそばでは、つゆに浸かっている間も湯がいているようなものだから、セイロより早くのびてしまう。二八のように小麦粉が二割入っていても「生粉そば」とは食感が変わってくるのは上記の理由からですね。この事を知らないで「生粉」のかけそばを食べて、ここのそばはこしが無いと言われるのはつらい(苦笑)。反対に冷たく締めた「セイロ」を食べてうーん堅い、湯がきが足らんと言われるのもつらい(笑)。
 そばとはそう言うものなんですよ、と言うしかない。


十月の話 『新そば』
 もともと、そばの収穫の時期に合わせて呼ばれたもので、そばの品種のことではない。そばには大きく分けて「夏そば」と「秋そば」と分けられているそうだが、収穫量は「秋そば」が圧倒的に多く、これを来年の新そばの時期まで保存しながら食べていくわけである。また、採れる時期は地域によって異なるので、早い所では9月、遅い所では11月の中旬と違いがあります。
 以前お店での話。お客さん今週から「新そば」ですよ。、、それじゃあその「新そば」を食べさせてくれ。、、、メニューじゃないって、ほんと。



九月の話 
『あんかけ』
 そば、うどん共に、たね物に「くずだまり」をかけたもの。水溶きした片栗粉を汁に流し込み温めてトロリとさせた「くずだまり」をこの場合、餡と言う。
 江戸時代「あんぺい」といったのはこのあんかけの事である。関西では「のっぺい」と言った。元来はうどんが本筋だが、そばにも合う。


八月の話 『出前』
 時々問い合わせがあるのだが、「そばの出前」が出来ないか?
すぐ近くだからいいだろう。っと思われているに違いない。
だけど、当店ではお断りしている。他所ではしてくれるのに、何故だ?って思われている事でしょう。そばの麺はうどん等に較べると麺が細く、一度湯がくとそこからは伸びるのが恐ろしく早い。まして「生粉そば」など細打ちのそばは冷水で締めてものびるのが早い。生粉のかけそばなど、食べ始めと終いでは食感が違ってくる。手打ちのそば屋では、コンビニで出しているような製造後数時間たっても大丈夫です。って言うそばは打っていないのであります。
 出前を断られても、お気を悪くされずに、お店で召し上がって頂きたいと思うのであります。


7月の話 『花番』
 物事の始めのことを「はな」と言います。「はな」っからそう言えば分かるのにっとか使います。そば屋の「花番」とは、店の最先端、すなわちお客様と接する注文ききの役目をする人のことです。大体女性が多い。この人の出来具合でそのお店の出来具合が分かると思われている。
 花番の役目としては、お店の特徴とか、メニューの特徴とか、的確にお客様に伝えなければいけない。しかし、中々難しい問題です。どこの店でもアルバイトさんにお願いしていて、店の本質を伝える事など大変に難しい。そこで、マニュアルが登場してくるわけです。これもはっきり言ってむなしい。
 「花番」がしっかりしているお店では、お客様も安心して注文する事が出来ます。さて、当店ではどうなのかな?私は、当然ですが自信を持っています。


六月の話
 『たぬき』
 先月は「ぬき」の話だったので、今月は「たぬき」の話。少し安易かな?
皆さんは「たぬきそば」「たぬきうどん」の語源をご存知ですか?江戸時代に登場した頃、狸の肉が入っていたから?なんて、そんな話は聞いた事ありませんって。でも、あったりして(笑)。
 たぬきとは、「種ぬき」の意味です。揚げ玉が上に乗った「揚げ玉かけそば」が真実の正体です。これも、かけそばの一種として結構いけるんです。そば屋の厨房内の昼飯にぴったり。最近は、かけそばに何も乗せていない、つゆとそばだけの「かけそば」もあるので「たぬき」も頑張らないと消えていくかも、ってメニューです。


五月の話 『ぬき』

 皆さんは「鴨ぬき」とか「天ぬき」とかいう言葉を聞いた事がありますか?昔からそば屋で酒を飲む人が結構たくさんいらっしゃいますが、飲み屋ではないので、たくさんつまみは置いていない。それでもつまみが欲しい。という事で出来たつまみが「鴨ぬき」「天ぬき」などのぬき物です。
 言葉の感じから受ける印象は鴨そばから鴨を抜いたもの、っていう語感だが、実はそばを抜いたものです。そうです、かも汁のことです。これをつまみに酒を飲む。「鴨吸い」とかの言い方もします。最近ではぬき物を頼む人もほとんどいなくて、「天ぬき」を頼んだらビールの「せんぬき」が出てきたっていう笑い話のような実話があるくらいです。店ではこの7年間に2回注文がありました。もちろんアルバイトさんに分かるわけが無くて大いに慌てていました。
「鴨ぬき」を注文したら鴨をぬいて汁そばが出てきたら面白いね(笑)。


四月の話 『そばがき』

 そばを食べるのに一番簡便な方法であり、それでいて、そばの風味を楽しめる食べ方です。所によって呼び名も違い「そばかいもち」とか「そばねりくり」とか色々あるようです。作り方は「みずこね」と「ゆこね」とあります。当店ではゆこねで作っています。薬味は「わさび」が良くつゆは「辛つゆ」又は「しょうゆ」が良いでしょう。いいそば粉が手に入った時など皆さんも作ってみてはいががでしょか?


三月の話 『更科そば』

 随分前の事だが、更科そばについて書いている。
今回それに付け加えたい。
「更科そば」とは、そばの実の中心から取れる、白いそば粉で打った麺の事です。製粉が手間な為、自家製粉しているお店でも更科粉は製粉会社から取り寄せしているのがほとんどだと思います。さて、このそば粉はそばらしい色や香りがほとんど無く、高純度な澱粉質でほとんどたんぱく質を含まない。だから、生粉そばのように水だけではほとんど繋がらず「湯捏ね」と言う方法で打たなければむつかしいと思います。100%更科粉だけで打つ事も出来るけど、食べてみると思ったほど食感が良くなかった。それで当店ではつなぎに小麦粉を2割入れて打っています。この方が食感がかなり良いと思っています。さて、このそばの特徴を書いておきます。
@粉の手触りがきりきりしている。
A足(ねばり)が無い。
B製麺時の加水量が一番多い。
C茹で時間が短い。
Dそばにすると、口当たりが爽やかで、歯にもろい。
E食べた後胃にもたれない。
以上列記したが、皆さんが更科そばを食べた時どう感じられますかね?
 当店では二年前までは毎日打っていたけれど、田舎の生粉そばを始めた時から打つのを止めていました。昨年から更科は無いのか?と聞かれる事も多く、今月からいつも打つことにしました。あまり沢山は打てないので、売り切れの時はご容赦いただきたいと思っています。


二月の話 『うどん』

 うどんは奈良朝以来の「そうめん」の技法から生まれたものという。
 おおよそ室町中期からのものといわれている。
 「きりむぎ」と呼ばれ「切麦」「切麺」とも書き「うんどん」とも呼ばれていた。小麦粉を塩水でこねあげ、伸ばして、たたんで切る。切幅によって「伊勢うどん」などの極太から扁平な「きし麺」まで色んな種類がある。昨今人気の「讃岐うどん」等は太打ちであり、湯がくのに時間がかかる。大方のうどん屋さんでは、既に湯がいて一人前の玉にした物を仕入れて、これを再度湯がいて丼に入れて出す。腰が無いようなうどんであるが、さっさと食べたい向きには重宝かもしれない。しかし「うどん好き」を称する人なら、注文してから湯がいてくれるようなお店を探しておけばしっかりした「こしのあるうどん」を楽しめるでしょう。


一月の話 『正月』

 正しい月と書いて「正月」。では悪い月「悪月」はあるのか?
とか年の初めから馬鹿なことを書いていても仕方がないのだが、無知にして無教養な私にすれば、早速「広辞苑」の登場となる。によれば@一年の一番目の月、睦月とある。A喜ばしく楽しい場合(例)目の正月など、とある。正しい月とか、反語として「悪い月」とか書いていない。あたりまえだ。
 そば界では「正月そば」と言う言葉が記されている。元旦、二日、十五日に清めの食べ物としてそばを食べる。年越そばと同じ様に、無病息災を願うものだ。
 昨今は食生活の多様化が進み、古来からの風習が途切れていくのはいかがなものか?っと思う反面、「衣 食 住」のうち「食」だけ変わらないと言うのも難しい事である。米を中心とした日本人の食が常時昔通りとはいかないまでも、季節の食材が手に入った時とか、喜び事などがあった時には料理本を引っ張り出して食卓を華やいだものにする事も大事ではないか。
 温故知新だわ。などと三日酔い頭で愚考するものであります。なにはともあれ、今年も宜しくお願い申し上げます。


十二月の話  『あつもり』
 普段食べているそばは、冷たい「セイロ」「もり」「ザル」と言われている。
店のメニューには載せていないが、以前注文があって作った事がある。
湯がいて熱いままのそばを湯を切ってざるに盛り付ける。もちろんつゆも熱くして出す。これからの寒い季節にはセイロはどうもね、、っという人にはお勧めかもしれない。ただ、熱いので伸びるのが早い。その上、引っ付きやすいので細打ちの生粉そばや二八そばなどは向かない。太打ちの田舎二八そばがいい。昔は、冬になるとメニューに載せる店も東京にはあったそうだ。見かけたら食べてみるのも一興ですよ。


十一月の話 
『釜揚げそば』
 
出雲地方に古くから伝えられてきたそばで、熱いそば湯に湯がきたてのそばが丼に入れられて、醤油もしくは濃いめのつゆを添えられて出てくる。醤油を丼に入れ好みの味付けにしていただくのが普通の食べ方のようだ。そばその物を味わうにはとても良い食べ方であり、寒い季節には身体も温まり、そば湯も同時に味わえて中々「おつ」なもんです。出雲地方では「かけ」と言えば「釜揚げそば」が出てくると聞いたこともあります。
 とうてつ庵では、「つけつゆ」を熱くして徳利に入れて、そば猪口を付けて出します。そばをつゆに付けて食べて下さい。薬味は紅葉おろしと白ねぎ。
 生粉そばを釜揚げで食べると、そばがのびるのが分かります。食べ始めと終わりでは食感が違います。寒い北風が吹く季節、この一杯で身体も心も温かくなるほっとする一品になればと思っています。


十月の話 『そば切り包丁と、うどん切り包丁』
 そば切り包丁としてよく知られているのは、江戸打ちで使う包丁の形が多く、刃物屋さんで多く見られるものは、ほとんどこれである。違う形の物も有るけれど余り普及していない。また、福島県南会津地方で見られる「裁ちそば」などでは今でも普通の菜切り包丁を使っている。(たちそば)
 そばきり包丁は、片刃で、重さは約一キロ前後のものが使いやすいようで以前の物より軽くなっているそうだ。長さも刃渡り30cm〜33センチ位が切りやすい。
 これに対して、うどん切り包丁は以前から決まった形のものが無いようだ。
そば切り包丁を流用してうどんを切っている。
 そばより遥か昔よりうどんを打って来たのに、何故かうどん切り包丁専用と言うものを見ない。
 そばのように細く切る必要が無いせいだろうか?まだ見たことは無いのだが、そばきり包丁と同じ形だが、両刃になっている「うどん切り包丁」と言う物があるそうだ。何故両刃なのか?
 また、そば切りに使う「駒板」も、うどん切りでは使わないという。色々有るんですね。あなたの好きな「そば」「うどん」屋さんはどんな包丁を使っているのかな?


九月の話 『八方汁』(はっぽうじる)
 蕎麦屋の基本的なものとして重宝がられている。この元汁は辛汁に属するもので濃淡加減する事によって、多角的に各種の用途にあてられるのでこの名がある。「もり」「かけ」「種物」「天丼」「鍋物」相手次第でどうにでもなる。
 元汁の調合は各店において、お家流があることは言うまでも無い。


八月の話 『本草綱目』(ほんぞうこうもく)
 食物の話によく引用される名著である。
中国 明の時代に、李時珍が30年がかりで編纂した薬学書で、本草とは薬物又は植物学という意味である。1892種の薬用植物を解説したものであり日本には平安朝時代に伝来し、江戸時代において殊更に関心を深めた。


七月の話 『こね鉢』
 そば打ちは、一こね、二伸し、三包丁と言う。速成でやっても、こね一年、伸し二年、包丁三年の意味である。それどころではない、そば切り一生というほど難しいものとされている。こね鉢は木製の物が多く、陶器の物もある。
一こね、二伸し、三包丁の語は、修行年数の最短の段階を示している。
 ちなみに僕はステンレスのボウルをこね鉢に使っているが、色んな点で重宝しています。


六月の話 『わんこそば』
 岩手県花巻、盛岡を中心とする古くから伝承の郷土そばの名称。
お給仕の女性が、一口分の汁そばを客が食べ終わると瞬時に客のお椀に投げ入れる。客は自分のお椀に蓋をしない限り、次々に投げ込まれる。大体十数杯で普通のかけそば一杯分に当たる。
 食べたそばのお椀が側にどんどん積み重ねられていくのを見るのは楽しいけれど。以前大食いの馬鹿もん(僕のことです)が挑戦した時には、60杯を過ぎた頃から、お腹が苦しくなり、その頃には回りの連中はギブアップしており、その係りの女性達も皆僕の側に来て虎視眈々と僕のお椀に入れようと待っている。結局70杯位食べて許してもらった。
 相撲のように「番付」があって、大関か関脇になったような記憶があります。ここら辺では「わんこそば」の店があるかどうか分かりませんが、盛岡辺りに行かれた時は是非チャレンジしてみて下さい。胃薬持って。


五月の話 『下町』
江戸のそばは商業地帯の下町から発展した。
邸町山の手(俗に「の手」と言う)の対語。そばについて言えば、下町はやぶ系の辛汁が好まれる。永井荷風によれば、江戸と言えば水道の通じた下町を指して言ったもので、小石川、牛込、又は赤坂、麻布あたりに住んでいるものが、下町に用足しに行く時は、江戸に行ってくると言ったそうである。
今日では、昔ほどやかましいことを言わず、山の手を除く商店街の総称とされている。そう言えば、私が東京でそばの勉強をしていた時、そこの親父が「潮干狩り」のことをどうしても「ひおしがり」と言うので笑ってしまったことがある。
そのくせ「ひろしま」は「しろひま」とは言わなかった。おもしろいね。

四月の話 『ぶっかけそば』
 元禄時代頃からのものとされている。
今日の「かけ」はここから発したものであろう。
 冷たいそばの上から熱いつゆをぶっかける。するとちょうど食べやすい温度になって、さっさと食べることができる。気の短い江戸っ子にはぴったりな食い方だったに違いない。つゆの量も丼に少し残るくらいで、今のようにたっぷりとはかけていなかったようだ。
「ぶっかけ」が短くなって「かけ」になったようです。
 当店で夏場に出す「ぶっかけそば」は冷たいそばに冷たいつゆ。
忙しい合間に店の者が食べるには、冷たいそばに、熱いつゆが手っ取り早くて簡便です。

三月の話 『庚申そば』
 六十日目に回ってくる庚申の夜に清めのためと、眠け覚ましの為に食べるそば。干支の一つ、かのえ、さるに当たる庚申月に庚申祭が行われてきた。
 人間の体には「三尸」と言うものが入っており、人が眠りにつくと、この夜抜け出して、その人の悪いことを上帝に告げ、罪の重軽に応じて、命を縮めるという。それでこの夜は商家はもちろん、民家でも徹夜したと言う。
 この夜、男女交合して疲れて、うっかり眠りにつけば懐胎して、生まれた子は悪事を働くという。
 川柳に「庚申をあくる日聞いて嫁困り」とか「庚申をうるさく思う新所帯」とかがある。「庚申」(こうじん)、「三尸」(さんし)と読みます。
 さて、次回の「庚申」は四月六日(水)です。そばを食べて徹夜をしましょう。


二月の話 
『祖谷そば』
 徳島県の秘境として知られている峡谷で、いやと読みます。
 そば好きは一度は訪れて見たい所である。35年ほど前に訪れた事がありバスの終点の「かずら橋」を渡った所にあるそば屋で田舎そばを食べた。丼から持ち上げるときにボキボキと切れてひどく食べにくかった事が思い出されます。平家の落人が開いた集落と聞いている。良質のそばの産地としてもよく知られている。行った当時は阿波池田駅前から片道三時間半のバスが一日一便あり(二便だったか?)朝の便で行き、そのバスで帰らないとその日に帰って来れない。離合も出来ないような凄い道で、道から下の渓谷迄が350mもある崖道で、下を見るとくらくらするような道だった。翌年車で行った時、道の途中に「温泉」の立て札があり、渓谷の下まで歩いて降り谷川のほとりに作ってあった湯船に岩の間から湧いているお湯をホースで入れて入った。最近お客様から聞いた話では、道も良くなってあの温泉があった所には温泉ホテルが出来ているらしい。もう昔の情緒は楽しめないだろうが思い出したらまた行きたくなった。  いつか、そのうち、きっと。


一月の話 『出石そば』
 兵庫県の北端に出石という町があります。
上代「出石族」と称する人たちが居住した所で、近世城下町として栄えてきたところであり、「出石焼」「出石そば」で知られている。
 「出石そば」は別名「皿そば」としてもよく知られている。
普通、小皿に五枚そばが盛り付けられ、別の容器に「山芋おろし」「生卵」が付いてくる。そばが足りなければ、追加二枚、三枚と注文できる。
 小さい町だが町内に40〜50軒のそば屋があるそうで、どこに入ったら良いのか迷ってしまう。ついついカッコ良い店構えの店に入ったがまったくのはずれで、仕方が無いので、出石焼のそば猪口を買ったついでにお店の人に聞いて次の店に入って食べた。そこそこに美味しかったので、満足しました。皆さんは初めてのお店を選ぶ時どのように感を働かせているんですか?
ちなみに「出石」と書いて「いづし」と読みます。ドライブがてら行ってみてはいかがですか?ちょっと遠いかな。


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